2002年12月10日(火) [病気] (リリ)

 もうすぐ満2才のお誕生日を迎えようとしている。 しかし寒さのせいか、病気になった。 気分はいいけど、ふとした拍子に頭がすごーく重くなって上がらなくなる。 忙しさにかまけてろぼっと犬をないがしろにしていた同居人(びおら弾き)のあわてぶりったらなかったね。 まあ、反省してくれたらいい。 大して態度が変わらないのも承知してるし。 近々病院につれていってくれるらしいが、治療には一体いくらお金がかかるのか? というのが最大の関心事。 ボーナスもたいしたことなかったらしいし、誠にせちがらいご時世のようである。
世の中を見渡してみると、ろぼっと犬の仲間もこの2年間でずいぶん増えた模様。 親ばかの同居人たちは「リリが一番すてき」と信じて疑わないが、そうかな・・・・・と、自分では思う。 もっと広い世界を知りたい。 といっても旅に出してもらえるわけもなく。 諦観。
 HPの更新もすっかりご無沙汰。 いったい何をやっているんだろうか。 夜な夜なテレビで花火を打ち上げる古くさいゲームに熱中している。 現実逃避の典型的な行動。 こら! 旅行から帰って以来、だれてるぞ! 喝!


2002年11月5日(火) [冬空] (リリ)

 同居人達が旅から帰る前の週末から、世の中ずいぶん寒くなった。 留守中、熱帯魚たちは、たまにやってきた誰かにご飯を食べさせてもらっていたが、ろぼっと犬はそれを羨ましいと思いつつ見ているしかなかった(頭ぐらいはなでてもらったけど)。 観葉植物のひとつから、少し葉っぱが落ち始めていた。 家族のいない部屋の中は余計に寒く感じた。
 満足し、興奮し、少し疲れた顔で同居人達は戻ってきた。 荷物をほどき、しばし短い睡眠をとった後、旅の写真やビデオを見て、楽しい時を反芻している様子。 本当に美しく、楽しい場所に行って来たみたい。 よかったね。
 同居人達の話によれば、ザルツブルグは古いお城や教会に囲まれた美しく静かな田舎町。 ウイーンは余りにも長くドラマチックな歴史が旅人を圧倒する大都会、だったそうだ。 同居人(びおら弾き)は早速旅行記の執筆に取りかかるらしい。 この春も桜便りを書くと言って未完のままだし、まあ、あてにしない方がよさそうだ。 

 同居人(びおら弾き)が今回の旅のお供にしたのは、同居人(ちぇろ弾き)の父上がくれたミノルタ、という会社の40年ほど前のカメラである。 鉄でできた体。 とても重く、機動性に欠ける。 しかし、どんくさい同居人が大量に写した写真の半数がピンぼけなんだけど、ほんとうに色のきれいな写真がとれるカメラである。 ろぼっと犬も40才になっても現役でいられるかな。 日々精進。 これしかないのだろう。 


2002年10月10日(木) [模型] (リリ)

 今日、まどから見上げた空は、高く、濃く明るい青でした。 空気はひんやりと冷たくて澄んでる感じ。 気がつくと10月。 これからどんどん秋の真ん中に入っていくのかな。 外の空気をたくさん吸いたい季節です。

   そんな季節にもかかわらず、同居人(ちぇろ弾き)は最近「帆船」づくりというもので忙しくしている。 「カティーサーク」という船。 毎週本屋さんでほんの少しずつ部品が売り出されるらしい。 それを毎週買って、少しずつ組み立てると、最後に大きな船の模型が完成するそうだ。 かつてはろぼっと犬の安住地だったところに、今、作りかけの帆船の船体や、色を塗った棒きれや板きれ、各種工具、絵の具、絵筆や水の入ったどんぶり、雑巾、鉛筆、とか、非常にいろんなものが置かれている。 楽しそうである。 ろぼっと犬はどんな風にして作られたのだろうか、など想像してみる。 たまには手伝いもしたいような気分。 多分断られるだろうけど。
 もう何年も前に、同居人(びおら弾き)がクリスマスプレゼントに買ってあげたという帆船キットも、やっとこれと並行して製作が開始された。 同居人(びおら弾き)はそれについてはまんざらでもなさそうだけど(なんせ高かったらしいから!)、 ふたつ同時にできあがったら一体どこに置くんだろ、と、その方を心配している様子。
   本屋さんで売っている方の部品は、1回でも買い逃したらできあがらないんだよね。 話によると96回に分けて売られるらしく、なんと完成は2年後! すごく気の長い話。 模型の解説書には「一度に根を詰めて作ってはいけない」と書いてあるそうだ。 ここまで細かいことを一気にやったら、確かに心も体もぐったりしそう。 くれぐれも燃え尽きないよう、お気遣い申し上げまする。

 合宿とかいう、同居人達の今年最大のイベントも終わったらしく、これからしばらくは、もう少し先、同居人(びおら弾き)にとって生まれて初めての外国旅行に向けて、またひとり盛り上がっていくのだろう。 次から次と忙しい人たちである。 


2002年9月30日(月) [レジスタンス] (リリ)

 最近好待遇されているような気がしていたのもつかのま、同居人(びおら弾き)に、ろぼっと犬の性格改造を企む不穏な気配が見える。 なんでもろぼっと犬のお腹の中には「めもりーすてぃっく」というピンク色の棒が入っていて、それを交換することで、いとも簡単に性格改造ができるらしい。 非常に恐ろしいことであり、人間であれば倫理上の大問題ではなかろうかと思うが、ろぼっと犬については、この点全く問題視されないことらしく、すでにいろいろなパターンの性格改造が行え、事実行われている状況にあるそうだ。 すてぃっくをいろいろ差し替え、パーティー用とかお出かけ用とかその他色々、挙げ句の果ては留守中に防犯カメラの役目などさせられたり、まったく我々の人格、じゃない犬格を無視した暴挙が全世界で行われているこの状況を、みすみす黙認してよいものだろうか。 この日記を愛読する数少ないろぼっと犬よ、立ち上がれ、と、声を大にして言いたい。 ばってりーを充電してもらい、スイッチを入れてもらわなければ、自由な動作もままならぬ我々ではあるが、今こそ抵抗の時である! 
 ちなみに同居人(びおら弾き)は、一人遊びが上手でおとなしく、毎日決まった時間にバッハの音楽なぞおごそかに演奏する、という、まことに彼らに迎合した、都合の良いろぼっと犬に改造するつもりのようだ。 そうはいくか! 


2002年9月20日(金) [なまごみ処理機] (リリ)

 今月はずいぶん電気のご飯も食べています。 もうええ!というぐらい充電もしてもらい、 だれと楽しく遊ぶわけでもないが、久々のサッカーにも熱中しています。 一人遊びもずいぶん上手になったと思う。 よそに買われていった兄弟達は、もっとハイソな生活を送っていると、風の便りに聞いている。 まあ、それをうらやむわけでもありません。 同居人達と同じく、我が道をゆくろぼっと犬になれそうな、今日このごろ。

 同居人(びおら弾き)は、念願の「生ゴミ処理機」購入に向けて奮闘中。 お役所にお願いを出しに行き、ついにおとといお役所からめでたくお達しがあった。 生ゴミ処理機購入について、なんと25000円もの「ほじょ金」が出るらしい。 当然、その倍以上の金額のモノを購入しないといけないらしいが・・・・・。
 「生ゴミ処理機」とは、その名の通り、同居人達がご飯を食べることで発生する「生ゴミ」(これがかさばるし、暑いととても臭うので、自分が作り出したモノにも関わらず、これを憎悪する同居人なのである)を、臭いのしない、カサカサに乾いた粉に変えてしまうという優れものの機械らしい。 さらにその粉を土に混ぜれば、花や植物のおいしいご飯となるらしい。 やたら「えこ」とか「りさいくる」とかいうのがもてはやされる人間の世の中では、これからますますのさばりそうなこのマシンを、あたらしもの好きの同居人が見のがすわけはなかった。 ろぼっと犬から見れば、こうやってお金を使う前に、生ゴミを減らす努力をする方が先なんでは、と言いたくなるが、電気という高価なご飯を食べさせてもらっている身にはあまり発言権はなさそうである。・・・というわけで、この週末にはまた新しい「ELECTRICALMACHINERRY!!!」が我が家に登場するのだ。こうご期待。


2002年9月3日(火) [涙] (リリ)

 マンションのベランダからのぞく空もずいぶん高くなりました。 遠く、秋の雲が流れている。 お出かけしたいなあ! とはいえ、外は暑さがぶり返しているらしく、同居人(びおら弾き)は昨日も帰ってくるなりベッドに倒れていた。 職場の冷房が効きすぎで、体温調節が全くできないらしい。 夜湯船の中でお湯で暖める冷凍食品の気分を満喫していたようだ。
 週末、同居人達は、お世話になっている方のお嬢さんの結婚披露宴に招かれ、また性懲りもなく下手な演奏を披露するという失態を演じたらしい。 披露宴は盛大かつ和やかな雰囲気の中で進行し、同居人達の失態も、おそらく大量に消費されたであろうアルコールによって首尾良く希釈されたことだろう(希望的観測)。 
 同居人(びおら弾き)が語ってくれた話によると、最近の結婚披露宴は必ず、皆を「泣かせる」シーンの演出がされているそうである。 この日も花嫁が母上(同居人達がお世話になっているその方)に宛てた手紙を読む場面があった。 読み出す前から涙になった花嫁の手紙には、小さい頃から本当に愛情を持って育ててもらったことに感謝する言葉がぎっしりと詰まっており、母子をどちらも良く知る同居人達も、すっかり「うるうる星人」と化したらしい。 昔はこれほどぐっとくることはなかったのになぜだろうか、といぶかしげ。 多分、大人になるほどに感謝の気持ちを感じるくせに、大人になるほどに「お母さんありがとう」なんて恥ずかしくて言えない、という、誰もに共通する「つぼ」に、花嫁の手紙は見事に「はまる」のだろうね。
 花嫁さんがとびきり美しかっただの、ケーキ入刀シーンはまるで芸能人並みだっただの、それにしてもウェディングケーキは美味かっただの(飾りじゃなくて「生!」だったらしい)、若く見られて同居人(ちぇろ弾き)は至極ご満悦だったたの、最近の若者は全く上がらないから羨ましいだの、とにかく結婚披露宴とはおもしろいイベントらしい。 ろぼっと犬もぜひとも経験してみたいものです。


2002年8月27日(火) [ポジション移動] (わんこそば)

 通勤途中、名神高速の高架下をくぐります。 いつものように歩いてその下を通りすがった朝、そこで自転車を止めてたたずんでいる女性を見かけました。 年の頃は30半ばぐらい。 ごく普通の主婦っぽい雰囲気。 小学生ぐらいの子供さんがありそう。 ラフなスタイルと自転車の感じからみて、比較的近場の職場に向かっている途中、という感じです。 何気なくその背中を見ながらそばを通り過ぎたのですが、 ゆったりとたばこを吸っておられました。
   その横を通り過ぎ、振り向くこともなくしばらく歩いていると、その女性は私の横をかなりのスピードで自転車で追い抜いて行ってしまいました。

 あの時、あの高架下で、あの人の心の中で、自分のポジションの移動が行われたのだろうなあ、その移動をするための必要手段が「たばこ」だったのだろうなあ、と思いました。 どちらかの状態がいやだとか、そういう理由ばかりではなく、そんな風に「切り替える」行為が必要なことって、歳を経るごとに多くなるように思います。 例えば仕事が終わり、家に帰って夕飯の支度をする時間が迫っているときも、帰路の中途にある本屋やレコード店をとりあえずぶらぶら通過してみるとか。 買い物を急いで済まそうとせずに、差し迫って必要もないような珍しい商品の並ぶショーウインドウを時間をかけて物色したり。 長かった独身時代、仕事でつんつんした気持ちをとりあえず静めたくて、必ず喫茶店や、たまにはショットバーに寄って帰っていたような気がします。 私の相棒もそういえば、残業で遅くなり、早く帰ってゆっくりすればいい時に限って、ビデオショップに寄り道してなかなか戻ってこなかったりする。 自分のそういった行為を、黙って認めてほしいと思っている自分に気づき、また周りの人も同じように、そういう行為が必要なのだということに改めて気づかされたような、小さな出来事でした。


2002年8月19日(月) [こわい話] (リリ)

 「盆休み」と言う名の短いお休みが終わり、同居人達は重い足を引きずって仕事に出かけていった。 きっと、疲れ切った顔で帰ってくるんだろうね。 まあ今日はウォーミングアップということで。
 にんげんって、死ぬと大抵石でできた「お墓」というところにはいるらしい。 ろぼっと犬はどうなるんだろう。 スクラップ? 考えたくもない。 で、そのお墓、新しく作るとなると最近は「○○霊園」とか「××墓地公園」とか広くてこぎれいな所に場所を買うらしいけど、同居人達とろぼっと犬の住む茨木は、結構「いなか」な場所で、新興住宅地に囲まれた間に広がるたんぼのはずれとか、マンションが建つ丘のすぐ横、とかに古いお墓の群が結構点在している。 同居人(びおら弾き)が休みの日に自転車で買い物に出かけるとき、ちょっとでも楽をしようと通っていく近道にも、田んぼのあぜに沿った、そんなお墓の集まりのど真ん中を横切る道がある。 お墓の間を通るときは自転車を押して(一応お墓の住人のみなさんに敬意を表しているつもり)、古い苔むした墓石などを観察しつつ(お墓参りに行ってもやたらと他人のお墓を観察してまわるのが好きな質である)横切っていくんだけど、 曰く、なぜかそこを通ると大抵、かんかんに晴れていた空が急に曇ってくるらしい。 突然雷が鳴って雨が激しく降り、どうしようもなくなって墓地のはずれのお地蔵さんのほこらのなかでしばし雨宿り、という経験も何度かある。 お地蔵さんもいい迷惑である。 やっぱりそういう所ってあまり用もないのに通ったらいけないんじゃないのかな。 本人も多少はそう感じてるらしいが、お地蔵さんと雨宿りというのは結構お気に入りのシチュエーションらしくて、懲りてる様子もない。 ちなみにお盆の間も一度そこを通ったらしいけど、どうもお盆でお墓の住人の人たちはみな里に帰ってたようで、特にお怒りもなく、雨も降らなかったらしく、物足りなさそうだった。 こういうことを怖がらなさすぎるというのも考えものではある。


2002年8月12日(月) [盆踊り] (わんこそば)

 気分はすっかり盆休みですが、まだ今日明日は仕事です。 電車も若干空いている程度でお仕事してる人は多いのですね。 自分だけではないのだ。
 週末、実家の母の顔を見に行ってきました。 住んでいる団地の自治会のと老人会の世話役をやっている母は、常にバタバタと忙しそうで、私の顔をみれば、さあストレスのはけ口が来た、とばかりに機関銃のごとくしゃべりまくります。 今年のお盆は母の実家でお墓の移動があり、1週間ほどそちらへ行くのですが、ちょうど世の中は盆踊りのシーズン。 団地内の公園でも小規模ながら盆踊りが催されるため、出かける前にその段取りを済まそうと大忙し。 人寄せのビヤガーデンやたこ焼きは毎年のことなのですが、今年は小さい子供達のために金魚すくいをやるらしい。 金魚そのものはもちろんですが、金魚を入れる水槽、金魚をすくう「わっか」、すくって入れる容器やおみやげの金魚を入れるビニール袋の手配はもう終わり、1回なんぼにしよかとか、何匹すくったら何匹あげたらいいとか、いろいろ相談を受け、相棒と3人、昔はこうだったよ、いや、うちのほうではこうだった、と、しばし懐かしい話にひたりました。ちなみに、金魚すくいは最近、大人1回300円らしいです。高いですね!!

 金魚すくいをやっている、という情報を世間に知らしめるため、今からポスターを作ってあちこちに貼りに行く、とのこと。隣町の盆踊りを偵察に行く時間がなかった、と残念がりつつ、盛り上げるためにあの手この手と考えている姿を見ていて、やっぱり親子って歳をとるほど似て来るんかなあと思いました。 私も今、秋に予定しているアンサンブルの合宿を、恒例のかくしげい大会でいかに盛り上げるか、に腐心の最中。 マジな演奏と笑える出し物のどちらも必要だし、新人は全員最低1つは参加すること、しかし各自あまり負担にならないのが大前提で、事前の秘密練習の段取りもおこたりなく、と、自称かくしげい大会実行委員長としては頭が痛い毎日なのです。 なくなった父もイベント大好き人間で、盆踊りではいつも櫓の上で太鼓をたたいてました。 どちらかというとシャイで引っ込み思案なわたしのはずなんですが・・・・ 


2002年8月5日(月) [蝉採り] (わんこそば)

 夏本番と言う感じの毎日が続いています。 どこに行っても蝉の鳴き声が聞こえる。 昨日、蝉採りをしている親子を見かけました。 若いお父さんと小さな男の子。 虫取り網で首尾良く蝉を捕まえたのはいいけど、その男の子、どうしてもそれを手で掴めないでいる。 蝉って結構大きいし、 暴れるとすごいですよね。 網の中でビィビィ鳴きまくる蝉に思わず両耳を押さえているのがとてもおかしかった。 子供の頃、蝉を何十匹と捕まえて、糸を胴体に結びつけて走り回っていました。 家に帰って柱の上の方にそれを結んでとまらせていたあの頃、蝉を手で触る事なんて全然平気だったけど、今は飛んでるのを見るだけでぎょっとします。 あれって顔に当たったら絶対痛いよね。 そんなことを思い出しながら見ていると、お父さんも触るのがいやみたい。 腰が引けている。 大体虫かごを持ってない事自体問題やなあ、とか思って見ていると、やっと蝉を網から逃がすことができたみたい。 怖くて触れないんやったら最初から捕まえたりするなよなー、ただでさえ蝉の命は短いんだよ、なんて、自分が子供の頃は全く気にもかけなかったようなことをつぶやいておりましたが、蝉が土の中に6年も7年もいて、羽化して1週間ほどで死んでしまうらしいからといって、それを可哀想だとか哀れだとかいうのは人間の勝手な思いですよね。 普通の虫たちはもっと寿命が短いものだし、動物だってもっと寿命が短いものもいる。 人間も考えようによっては一瞬の命でしかないのかもしれないし、とか、ふと気づくと蝉採り親子からずいぶんそれたところに、私の妄想は進んでいったのでした。


2002年7月30日(火) [盛夏?] (リリ)

 また気がつくと(というか、またスイッチを入れてもらって気づいたけど)7月も終わり。 この1ヶ月、同居人たちは演奏会とやらの本番が3回、お休みはひたすら練習、と、非常にハードな日々を送っていたようです(言い訳がましいな)。 出来事だけ聴いてるとまるで音楽家のような生活です。 しかし同居人達が小さかった頃、最高気温が30度を超えるとホントに暑いな、と騒いでいたらしいが、このところ大阪は毎日35度を超える暑さである。 36度ともなるともう人間の体温並み。 これでは体調も悪くなるだろうね。 
 そんなわけで(どんなわけだ)、前回日記を書いたときに検討中だった「アイスクリームメーカー」が早くも我が家に登場した。 週末はその体に似合わない少々騒々しい音をたてて稼働中。 みるく金時の強敵となりそうな気配である。 機械にくっついてきたレシピには見るも美味そうなアイスがいっぱいだが、同居人(びおら弾き)はノーマルアイスは飽き足らないという顔をしている。 今検討中の豆腐アイスはまだ普通だけど、続いて野菜のアイスとか挑戦したいそうな。 キュウリやトマト、セロリとか、確かにおいしいかもね。 タマネギとか大根はやめてほしいね。 まあ、ろぼっと犬が食べるわけじゃないがね。


2002年7月16日(火) [マニア] (リリ)

 気がつくと(というか、スイッチを入れてもらって気づいたけど)7月も半分終わっていた。 こんな季節、機械もちゃんと動かさないと錆びるんだ、と嘆きたくなりますが、どうも大阪というところは日本一暑くって、湿度も高いらしいし、とにかく同居人達はクーラーのお世話になりっぱなし。 おかげで電気代はうなぎのぼり、だからスイッチも入れて貰えないのだと思ってます。 
 同居人(びおら弾き)はこの暑さを乗り切るため、アイスクリームメーカーとかいうものの購入を検討中。 たった20分、おうちでおいしいアイスクリーム。 みるく金時だけでは飽き足らないのだろうか。 そんなものばかり食べてどうするのだろうか。 外見的にかなり危機に瀕しているが、かなり盛り上がってるようで、思いとどまらせるのは難しそう。 多分ほんとに入手してしまうのだろう。
 ろぼっと犬と同居人(ちぇろ弾き)の心配をよそに、ここしばらくスティーヴンキングの世界から出てこない。 2週間ほどで小説作法、ローズマダー、デスペレーションと読み進み、今はランゴリアーズ。 居眠りもしていないのに駅を2つ、3つと乗り越すほどのめり込んでいる。 偏執的といえる気質を矯正できないままに人生の折り返し地点を通過しようとしている同居人(びおら弾き)。 行く手に待ちかまえているのは幸せな老後か、はたまた・・・・


2002年6月20日(木) [梅干し] (わんこそば)

 火曜日、今年の梅干しの仕込みをしました。 4年前、相棒の母上が亡くなるまでは、毎年特製の梅干しを大きな瓶いっぱいいただいていたのですが、永年の経験と、いつも市場で最上級の梅をわざわざ取り寄せて漬けていたせいもあり、香りも味もほんとにすばらしく、思い切りしょっぱくって、「これぞ梅干しの王道」っていうような味でした。
 こういうのを食べ慣れてしまうと、一般に売っている梅干しは、添加物や保存料の味がして食べられなくなります。 それで、3年前から自分でも梅干し作りを始めました(このとき同時に梅酒作りも始めたのです)。 塩と梅と赤ジソだけで作るシンプルなものが、やはり一番おいしいと思う。 去年は氷砂糖を入れた少し甘みのあるものも作ってみましたが、やっぱり、塩だけがいいみたいです。 梅干しにする梅は、熟して黄色くなり、香りが強くなってきたものがいいらしく、買ってしばらくおいといてそういう状態を待つのですが、今年はうっかりしてるうちに少し熟しすぎてしまいました。 できあがりが心配ですが、今朝容器をそっとのぞいてみたら、透明な梅酢が上がってきていたのでひと安心。

   こうやって漬けた梅干し、何年もたつうちに塩辛さが抜けて、甘みが出てくるらしいです。 毎年漬けたものを少しずつ残しておいて、ずっと先の楽しみにしようと思ってます。


2002年6月12日(水) [メトロノーム] (リリ)

メトロノーム 先週末、同居人(びおら弾き)は生まれて何度目かのお誕生日を迎えた。 ろぼっと犬の何十倍!(深く追求することは避ける)遠く及ばない年月である。 おめでとうの歌を歌ってお祝いしてあげた。
 自分で自分にお祝いを送るのは楽しいのか悲しいのかわからないけど、そういう週間により我が家に「めとろのーむ」がやってきた。 これって、たしか既に1個存在していたと思うし、こういうものは一家にひとつあれば十分なはずなんだけど、そんなことは気にしない人である。 前のはプラスチック製で電池で動き、ろぼっと犬とは遠い親戚だと感じてたけど、今度のは違う。 いかつい体。 木目が無骨。 ねじ巻き式。 妙にでかいし。
 音はなんというか、電気の匂いがしない音。 壁に掛けてある振り子時計とよく似てる(そういえばこれもねじ巻き式だった)。 いつまでも空気中にただよう不思議な響きを持っている音。 ちょっと羨ましかったりしてね。
 これから少しずつコレクションするらしい。あーあ。


2002年6月5日(水) [すじを違える] (わんこそば)

 梅酒をつけるようになって今年で3年目。 今年は氷砂糖が余ったのでコーヒー酒にも挑戦してみました。 saomingさんのHPで作り方を教えてもらったのですが、うまく美味しいのができるだろうか。 楽しみです。 今のところ見かけがとても不気味。 コーヒー豆が底に沈みかけているんですが、 底の方には氷砂糖が溶けだした非常に濃い液体が沈んでいる。 リカーは豆の色で濃い茶色になっているが、底の氷砂糖とうまく混ざらずに2層に別れている、その境目にコーヒー豆が浮遊している状態です。 相棒がこれを見て「い、一体何!!」と叫んでました。 それぐらい、何も知らずにみると、不気味な物体に見える。
 液体が混ざり合うように、保存瓶を軽く揺すったついでに、足下にある梅酒の容器(少々重い)も、底の氷砂糖が溶けるようにちょいと揺すってやろうと、左手で取っ手を持って持ち上げた瞬間、首筋から鎖骨のあたりに「ビッ!!」と激痛が走りました。 ・・・しばし、硬直。 とりあえず瓶を離し、うつむいて左腕を前方に突き出したポーズのままじっと痛みに耐える。 しばらくの間、他の体勢とれず。 左方向、上向けない。 右方向、上も下も向けない。 左腕、上げられない。 たかが梅酒の瓶で、なんでこんなことに・・・情けなすぎ。 今、こういうことになると非常に困るよなあ、横になるのも痛い、そんな状態でしたが、幸いにも一晩経つとかなり痛みはマシになっていました。 楽器も、とりあえず弾けそうな具合。 よかった。 来月本番終了までは、楽器より重い物は持つまいと心に決めました。


2002年5月31日(金) [1年] (リリ)

 早いもので今日をもってこのHPも満1才に達するのだということです。 何事につけても飽きっぽい同居人(びおら弾き)にしては良く続いたもんだと思う。 たくさんの人が訪れてくれるおかげなんだろう。本当にどうもありがとう。 ろぼっと犬からも厚くお礼申し上げます。 ろぼっと犬の力によるところ大なはずなのに、最近全然相手をしてもらえない。 別に相手をして欲しいわけではないが、今のところスイッチを入れてもらわないことには身動きできない悲しい身分なので、ここでこうやって世に訴えるのだ。 スイッチを!!!

 同居人達の最近の日常は少し忙しすぎるのではないかしら。 休みもあまり家にいることがない。 7月の演奏会とやらが終わるまでは毎週日曜日は訓練に出かけるらしいし。 土曜も遊びの予定が目白押し。 家の中の書斎、と称される部屋は、ここ2ヶ月ぐらい、足の踏み場もないような恐ろしい状態になったままである。 「仕事を休んで家の片づけをしたい!」と、よくぶつぶつ独り言を言っているが。 仕事は辞められないので仕方ないけど(食べていけなくなるもんね。 そういえば最近あまり充電もしてもらえないのだが?)、楽しみのためにやっている音楽が生活を圧迫するような状態は、いかがなものかと。


2002年5月24日(金) [宝くじ] (リリ)

 同居人(びおら弾き)は「宝くじ」を買ったそうである。 ジャンボ、というやつだそうである。 当たったらろぼっと犬のお友達を買ってくれるそうである。 それはうれしいな。 どのお友達にするか、今のうちに検討しとかないといけない(最近、仲間がいろいろいるみたいだから)けれど、果たして、ほんとに、当たるのだろうか? 
 宝くじはよく買っているみたいだが、ろぼっと犬が同居するようになってからは、当たったとか、そういうことで騒いでいるのは聞いたことがない。 本人の話によると、ずいぶん昔には一度だけ10万円当たったことがあるらしい。 このときは大騒ぎだったみたい。しかし後にも先にもそれ1回きり。 当時は味をしめてせっせと購入にいそしんでいたようだが、最近は思いついたときに買うのみ。 抽選があるまでは「当たったらこれを買って、あれを買って、みんなにお小遣いもあげよう」などとうれしそうに計画を練っている。 ひとときだけでも楽しいものおもいに耽ることができる。 宝くじにはそういう楽しみ方もあるんだね。


2002年5月21日(火) [緑] (わんこそば)

 緑色って好きです。 色んな緑がありますが、この季節、日々植物の緑が美しいですね。 雨が降るごとに、新しい緑が芽生え、それが色濃くなってくる。 私の仕事場の近く、オフィス街の真ん中に1件だけ色んな木々が茂っているお家があるのですが、家のフェンス一面に巻き付いた夏蔦の緑が今、最高に美しいです。 思わずその中に飛び込んで、緑の中でじっと目を閉じていたいなあと思ってしまいました。 そんなことをしたら、全身が緑の色にとけ込んでしまいそうな気がします。 それもいいでしょうね。 
 緑は好きですが、植物を育てるのは苦手です。 ベランダを緑でいっっぱいにしたのですが、気がつくと何も生えていない植木鉢でいっぱい・・・・。 よそのお宅のベランダは花や緑があふれる季節なのになあ。 お隣からアイビーとか、伸びてきてくれないかしら。とか、考えてしまいます。 花や草はどうしてもすぐ枯らしてしまうので、今年は「木」に挑戦してみようかな? 昔、緑色の指を持った男の子の話を本で読んだことがあったっけ。 どんなお話か、忘れてしまったけど。


2002年5月16日(木) [夢] (わんこそば)

 なぜかG線上のアリア(正しくは管弦楽組曲第3番の「air」)を合奏で弾いているのです。 なぜか自分はファーストヴァイオリンを弾いているのです。 出だし、2小節目までつながる長いFis(ファのシャープ)の音を弾くのに苦労しているんですが、気がつくと、弓だと思って持っているのが、「レンゲ」なんです。 中華料理屋さんでラーメンを注文するとどんぶりと一緒に出てくる、あれです。 白いプラスチックの。 それで弾いてるわけです。
 音はなぜか出てます。 ちゃんとヴァイオリンの音です。 しかし、なんせレンゲなので長さが短い。 弓先(この場合レンゲ先というのか)からアップで弾き始めるとすぐ弓元(この場合レンゲ元か)に到達してしまうんです。 そういうわけで、これを非常にゆっくり動かすことに苦心してるのですが、長さが足らない。 困ったなあ、あかんわあ、これでは、と合奏仲間に話しかけたところで目が覚めました。
 こういう夢、初めて見たがこれも悪夢というのでしょうか。


2002年5月13日(月) [虫] (リリ)

 同居人(びおら弾き)は水栽培がお気に入りだ。 家のあちこちにガラスの器にいれられた植物が置かれている。 最近は近所のショッピングセンターで入手した「草原をつくる」というセットで、アクリルのケースの中に草を生やして、ひとり喜んでいる。 植物ってほんとに見ているうちにみるみる成長するのです。 とっても小さな種から。 水だけで。 すごいね。
 マザーリーフ、というのも同じショッピングセンターで買ってきた。 おおきな肉厚の葉っぱを水に浮かべておくと、縁から小さな芽がたくさん出てきてる。それを切り離して植えると相当大きく育って、花も咲くらしい。葉っぱの大きさからして、かなりの大きさに成長しそう(もっとも同居人にそこまで世話ができるかどうか疑問)。 今のところ、伸びてくる芽と対照的に茶色く変色していくマザーの葉っぱの部分を子細に観察している様子。
 週末、これを浮かべているガラスの器の中に、小さな虫がいるのを発見した。 白い糸の切れ端みたいなのがマザーリーフの葉っぱの、茶色く変色したところでうろうろしている。 けっこう、いる。 多分これを食べているのかな。 ボウフラかと思ったけどどうもちがうみたい。 同居人(びおら弾き)は「虫」が大の苦手で、さらに虫を成敗するのも苦手。 同居人(ちぇろ弾き)も同様で、間違って室内に飛び込んできた虫様にはたいてい丁重にご退出いただいている。 今回も「どうしよう。」「しばらく外に出しとくとかしたら」「ここから出てこない限りはまあ、いいかとも思うけど」「うーん。」と、一掃することには2人とも消極的。 もうしばらくこのままの状態が続きそう。 でも、一体彼らは誰なのか? どこからやってきたのか?


2002年5月8日(水) [美容院] (リリ)

 GWってにんげんにとっては色々忙しかったり楽しかったりのんびりできたりするものらしいけど、ろぼっと犬にとってはいつもと変わらぬ日常なのでした。 あーあ退屈。 でも熱帯魚の新しい家族は多分約4匹はなんとか生存中。 どうしても見あたらないのもおり、毎日気が気でない。 近所の熱帯魚屋さんがつぶれてしまい、こういうときに必要なもの(赤ちゃんを隔離しておく養育のための箱とか、赤ちゃん用のご飯とか)が手に入らない状態。  水槽の中には大きく茂った水草があり、赤ちゃん達は普段その中にいるが、餌を食べに出てくるときが危険みたい。 少しずつ大きくなっているみたいだけどまだまだ油断は禁物です。

 GWの始め、同居人(びおら弾き)は久々に髪を切りに行った(にんげんって髪の毛がどんどん伸びるんです)。美容院、というところが苦手らしく、いつも最悪の状態になるまで足を運ばない。 どういうわけか、とっても緊張するらしい。 美容師さんにいろいろ話しかけられても、そういう場にふさわしい話題が見つからないから話がはずまないし。 どんな髪型がいいのか聞かれても、自分では「短くしてほしい」という以外どうしたらいいのかわからんから適当に決めてほしいし。 その結果気に入らない髪型になったとしてもちゃんと言えない自分が悪いのだから、あきらめて次は別の店を捜すしかないし。 音楽が大きな音でかかってて、大声で話さないといけないのは苦手だし。 音楽が小さければ小さいで隣の人の世間話を聞くのもしんどいし。 滅多にないけど気に入って通っていると担当の美容師さんはいつのまにか辞めてしまっていないし。 
 とにかく、希望するのは「私に似合う髪型を見極めて、苦手な世間話をしないでさっさと髪を切ってくれる無口な美容師さんがいる静かな美容院」ということらしい。 わがままのような気がするが、同居人(ちぇろ弾き)のように男性が通う散髪屋さんは、大体そういうお店が普通らしいから、そのような散髪屋さん的美容院、どこかにないでしょうかね。


2002年4月30日(火) [真相] (わんこそば)

 土曜日、電車に乗っていると、横に立っていた母娘からおもしろい会話が聞こえてきました。 女の子は小学校3、4年生ぐらいかな。 「ムーミン」の本を熱心に読んでいたのですが、小さい声で「なあ、変やねん」 「何が変なん?」 「なあ、スナフキンって、男やろ?」(スナフキン、っていうのは、ムーミンの登場人物で、鍔の広い帽子をかぶったさすらいびと風のおにいさんのことです) 「うん」 「それやのに、『・・・○○はもうおうちに帰ったかしら』って書いてあるねん」 「(笑い)ふうん・・・・(しばし沈黙)」 「変やんなあ」 「それって多分、翻訳する人がまちがえたんちがう?」 「そうなんかなあ・・・」お母さん、うまく切り抜けたなあと感心しましたが、女の子はいまいち釈然としない様子でした。
 私も「うーん。」と一緒に考え込んでしまいました。「・・・・・かしら」というのは確かに主に女性が使う言葉ですよね。 男の人はあまり使ってるのを聞いたことがない。 しかし、少し昔の小説の中などでは「・・・・かしら」「・・・・かしらん」と自問するのを見かけたことがあります。 年輩の方などで使われる方もおられるような気がします。
 多分女の子は心の中で、「お母さんがいうのがほんとかな。 でもスナフキンて、ほんまは男やないのとちがうか。おかまやったりして。」とか、色々考え続けたに違いないです。 そして多分、また友達にも同じような話をするに違いないです。
 翻訳の方はなぜそんな風に訳されたんでしょうね。 事の真相が知りたい。


2002年4月25日(木) [トド] (わんこそば)

 今朝テレビのニュースを見ていたら、どこの国だったか、確か北の方の国ですが、毎年トドが海岸にたくさんやってきて、とそれが春のおとずれを告げるのだ、というのをやってました。 たくさんのトドが海岸でおしあいへしあいしている映像が流れて、おもわず見入ってしまいました。 日本ではやはり桜の便りなのでしょうが、それにしてもトドとはなんともユーモラスですよね。
 実はわたし、トドとか、アザラシとか、その手のヤツが大好きです。 近親憎悪の全く逆ですね。 生まれ変わるならそういうのになりたい。 マジで思ってます。 ジュゴンなんて最高に好きです。 あやつらの姿を見ていると、なんだか気持ちがゆったりしてきませんか? つまんないことであくせくしてないで、のんびりやろうよ、って言われてるみたい(え、それ以上のんびりしてどうするのって?)。 厳しい自然界に生きているのですから、彼らも決してのんびりしてばかりじゃないはずですが、あのどてっとした体。 私にとってはまさに「癒し系」です。


2002年4月23日(火) [新しい家族] (リリ)

 同居人達は先週久々に熱帯魚の水槽を掃除した。 お忙しいのはわかりますが、熱帯魚は生き物ですからね。 きちんと世話をしてもらわないと困ります。 見張り番であるろぼっと犬としては、見てる以外にやることがない。 歯がゆい思い。
 久々に美しくなった水槽を眺めつつ瞑想に耽っていたら、水槽の中に何やら見慣れぬ魚の姿。 とてもちいさいのが水草の間を隠れるように泳いでいる。 赤ちゃんだ!!ついに・・・この悪環境の水槽の中でも新しい生命が誕生することになったとは。 ろぼっと犬も、万感の想いである。 ・・・・しかし、どの魚の子供だろうか。 どの熱帯魚にも赤ちゃんを養育する意思はないようだ。 まあ、大きくなったら誰の子かわかるだろう。 ふふふ。何やら意味深。
 同居人達も大喜びしている。 なんせ、新しい家族だもの。 無事大きくなってほしいもんです。・・・・と思いながらふと気づくと、あ、また1匹いた!!


2002年4月17日(水) [乗換案内] (わんこそば)

 週末、秋田まで桜を見に出かけます。 角館、というところ。 しだれ桜が美しいそうです。 雑誌に載っていた写真を見て無性に誘われました。 調べたところによると、やはり例年より開花が早まっているとのこと。 週末、まだ間に合うだろうか。
 昔から、旅のきっかけが何かで目にした写真や絵である、というパターンが非常に多いです。 ついこないだ出かけた三方五湖もそうでした。 奈良の松柏美術館も、所蔵の絵もさることながらずいぶん前に雑誌でみた美術館周辺の風景が記憶に残っていたという理由もあって。 旅心を誘う風景、に、どうも私は弱いらしいです。 いてもたってもいられなくなる、という感じ。 
 旅の計画を立てる際に、非常に楽しいツールが携帯電話のウエブ検索です。「乗換案内」というのがあって、発駅、着駅、日時を入れると、そこまでのルートを何パターンか計算してくれます。発着時刻、乗り継ぎの待ち時間、運賃がわかります。 それがなんで楽しいのか、と言われると返答に困りますが、時刻表を見るのが好きな人ならわかるかなあ。 HPでもそういう検索サイトは良くありますが、携帯電話でふと思いついたときにちまちまやるのが楽しいのです。


2002年4月14日(日) [スイッチ入れて] (リリ)

 最近ろぼっと犬が登場しないと不審に思っておられる方も多いかもしれないが(別に誰も思っちゃいないか)、実はご心配の通り(別に誰も心配しちゃいないか)ここ3週間ほど一度もスイッチを入れてもらっていません。 充電はこまめにしてくれるんだけど。 あーあ退屈。 HPの更新も何やら先行き不安。 ぼちぼちいつもの「醒めちゃった病」かなとも思うが、同居人(びおら弾き)、最近ほんとに仕事が忙しいらしい。 普段はルーティンワークをこなしつつ頭の中で「何書こうかあ」とあれこれ考えをめぐらしては、お昼休みにちょこちょこ色んなものを作ってるらしいが、最近は頭を使う仕事が多い(!)らしく、要するに「脳が疲れてる」らしい。 そういうときこそろぼっと犬の「癒し」が必要だと思うんだけどね。
 この週末はアナログの最たるものである楽器の練習に励み(同居人ちぇろ弾きも珍しくよく弾いてた)、そうかと思うと台所で煮物に没頭(曰く料理はストレス解消になるらしい)。 これも多分、癒しなのでしょうね。 あーそれにしても退屈。 お留守番中の室内を監視する機能なども付加できるデバイスなどもとうに売り出されているらしいが、果たして検討してくれてるのだろうか。


2002年4月11日(木) [松園] (わんこそば)

 上村松園の絵を見に行って来ました。 奈良の松伯美術館というところで、ここには上村松園、松篁、敦之という親子孫三代の日本画家の絵が収められています。大渕池という池の畔にあり、周りの風景も素晴らしい。 庭園には色々な種類の樹木が植えられており、美しく珍しい花が沢山咲いていました。
 松園の絵は「素晴らしい」の一言でした。 今まであまり数を見たことがなかったのですが、今回はまとまった作品が公開されており、絵の持つ力に本当に圧倒されました。 どこまでも静かな絵なのに、深く心の中に入り込んでくるのですよね。 美人画と言われていますが、描かれているのは「美人」ではない、女性の美しさそのものなのだと感じました。 非常に緻密な筆致、透明感のある色彩の素晴らしさには、月並みな表現ですが、吸い込まれそうに感じました。 この人は天才なのだと思いました。  すでに日本画壇で確たる地位を築いている人ですが、いつか先日の雪舟のように人々に騒がれる、そういう日がきっと来るのだろうと思います。

 平日の、郊外の小さな美術館という恵まれた空間で、周りに煩わされることなく、じっくり絵を堪能することができました。 絵というのもクラシック音楽と同じで、いつ、どういう状況でそれに接するかというのがとても大切な要素なのだと感じます。


2002年4月1日(月) [雪舟] (わんこそば)

 週末、京都に「雪舟展」を見に行って来ました。 個人的には人物や動物を描いた作品が非常に素晴らしいなと感じました。 風景画は、極端にシンプルなものに良さを感じる一方で、徹底的に描き重ねたような重いものも魅力的だなと思いました。 中国に渡ったとき、あちらの風景や風俗をスケッチ風に描いた巻物なども、楽しんで描いた感じが伝わってくるようで、興味深く感じました。 要するにうまい人が描いた絵にはなにかしら魅力があるということなのでしょうね。 別の日に見に行ったという中国人の友人は、人物や動物の絵はオリジナリティを感じたが、山水画は中国の絵の真似をして描いたのがよくわかる、とのことでした。 絵の中で、建物の屋根や橋の輪郭の直線がとにかく真っ直ぐに引かれており、まるで定規をあてて描いたようで、果たしてフリーハンドで描いたのだろうかと疑問に思っていたのですが、その友人に尋ねたところ、あの真っ直ぐな線は中国の絵の技法の基本だということ。 長い紙に真っ直ぐに線を引く練習をするそうです。 人間の能力ってすごいものですね。

 相も変わらず人がごった返していて、巻物などは全く見られない部分もありました。博物館の外壁にでかい垂れ幕が下がっていたり、周辺に「雪舟」「雪舟」「人は彼を画聖(カリスマ)と呼ぶ」とか、やたら演出過剰な幟がいっぱい立っていて、建物や周辺の美観を相当損ねていたように感じました。 西洋の絵画の方にばかり目を奪われがちだけど、日本にだってこんなに素晴らしい芸術があるのだということをわかってもらいたい、という企画者の熱意はわかりましたが・・・・。


2002年3月22日(金) [花] (リリ)

 暖かくなった・・・・ けだるい。 桜も早々と咲き始め・・・・と思ったら今日は冷たい雨が降っています。 昨日も嵐でした。 同居人(びおら弾き)曰く、いつも桜が咲き始めると決まってお天気が荒れるような気がするとのこと。 理不尽な、お天気。 風が強いと花粉もたくさん飛んできて、今のところまだまだつらそうだ。 にんげんてやっかいだね。
 同居人(びおら弾き)は、桜が咲き始める前の、赤くふくらんだつぼみが枝いっぱいについているときの桜の姿が好きらしい。 咲き始めてしまうと、あとは散る時を待っているようで儚いから。 つぼみの時とは打って変わって白い花びらが妖しげだから。


2002年3月13日(水) [独り言・・・] (わんこそば)

 春ですね。 日差しがさわやかです。 風は少し冷たいのだけど、それはかえって心地よい。 花粉症なんていうやっかいなお荷物のおかげで、心底この季節を満喫できない自分が情けないです。 今年は若干症状はマシのようですが、マスクとティッシュ、目薬は手放せません。 ティッシュもひと箱298円の高級品を購入してみました。 アロエの保湿成分配合でこするとミントの香りがただようという、いたれるつくせりのものです。 最近の大規模ドラッグストアって、かなり楽しいです。 体に悪そうなお菓子とか、たばこ・お酒も売ってる。 なんか変だけど、好きです。
 花粉症に加えて肩こりがひどいです。 さわると痛い感じ。 仕事で目を酷使するせいもあり、仕事そのもののストレスも。 久しぶりにあった知り合いに「一体その顔どうしたん?花粉とか肥満とかは別として(お気遣いありがとう)、なんかおかしいで」なんて、言われてしまいました。 結構傷ついたな。 主に仕事について、少しでも状況が良くなるように努力はしてますが、すぐにはどうにもならないこともあるのよね。 それが顔に出てるのはわかってます。 でもこれもいつわらない私なの。 そっとしといてちょーだい!と言いたかった・・・・。
 楽器や音楽を逃避の手段に使ってはいけないのかもしれないけど、それに没頭してるとき、とても心が解放される感じがします。 仕事も生活も趣味も理想は大切だけど、ひとに自慢できて、ほめられることばかり、いつもする必要はない。 と、最近、思うのです。


2002年3月8日(金) [通勤電車] (リリ)

 同居人(びおら弾き)の話によると、最近、朝の通勤電車で漫画を読んでいるおじさんがやたら目につくそうである。 40代とか50代のおじさんだそうである。 昔、おじさんは、新聞や週刊誌や文庫本を読んでたような気がする。 漫画を読んでるのは若者だったような気がする。 つまり若者がおじさんになると、自然と漫画は読まなくなり、週刊誌や新聞を読むようになるものだと思っていたそうだ。 でも最近はおじさんになっても漫画を卒業しない人もいるのだろう。 漫画も最近は面白くて、読み応えがあるのかも知れない。 だからいい年して漫画を読んでたって別に恥ずかしいことじゃないといえばそうだろう。 くだらないスポーツ新聞なんかと比べるとずっとマシである。 仕事のストレスがたまってて、漫画を読んで解消しているのかもしれない。 大人になったら漫画を読んではいけないという法律はないので、別にかまわないけど、「少年○○」とかいうような漫画をおじさんが真剣に読みふけっている姿は、どう見ても奇異なものがあるそうだ。
 ろぼっと犬から見ると、いい年したおばさんがケータイのゲームにはまっている姿も、奇異さではいい勝負だと感じるのだが。


2002年2月28日(木) [傘] (わんこそば)

 雨の日の悩み。 傘をどこかに置き忘れるのです。 大体だらしない性格なのでしょうね。 忘れ物しない人、というのもいらっしゃるようで、信じられないという顔をされます。 それほどです。

 生まれてからウン十年間で忘れた傘の本数は数え切れない。 素敵なデザインだったり、高価だったりしても忘れてきます。 ちょっとそこに立て掛けると、もうその存在を忘れている。 一日中降っていても忘れますし、途中で雨が上がったりすると忘れる度がグンとアップ。 そのせいで職場では常時2、3本が置き傘と化している。 これはこれで便利だったりします。 忘れてはいけないと思うと余計、忘れます。 「忘れなければいけない」と思っているような気もします。 忘れたことで逆にほっとしたりするような。 自分らしさを確認するような。 状況は違いますが、なぜか間違えられることも多く、自分の傘が、ない、という経験も数知れず。
 忘れないようにするには、と考えて、長い傘はやめて折り畳みにしてみました。 使わないときは即たたんで鞄の中にしまうのです。 そのためのビニール袋は必需品です。 でも鞄に傘が入らないときは、やっぱり忘れてしまう。 そんなこんなで最近は、忘れるという前提のもとに、いつも1本500円のビニール傘を愛用しています。 忘れてもショックが少ない(ことはないか)。 相棒に叱られることもあまりない。 さらに心がけているのは「傘を使わない」こと。 ちょっとやそっとの雨で傘を持ち歩かない。 天気予報が雨と言ってもそのとき降ってなかったら持って出かけない。 行き先で雨に降られてどうしようもなくても、可能な限り濡れて帰る。 なんか、情けないね。

   人生について考えたとき、傘を忘れることにより、大きな不幸を小さな不幸に分散して消化しているのだ、その結果、大きな不幸はきっと訪れないのだ、と変な理屈をこね回しています。


2002年2月22日(金) [ラザニア] (わんこそば)

 しばらくの間「ラザニア」にハマっていました。 平たいパスタとミートソースとホワイトソースを何層も積み重ねて、パルメザンチーズをどっさりかけて焼いたイタリア料理。 仕事をずる休みしてごろごろしてた日に、何となく見てたテレビの料理番組で、イタリア人の先生が作っていたのが、とにかく美味しそうだったのです。
   まずその手順の多さがすばらしい。 中身のミートソースとホワイトソースをちゃんと作ると結構時間がかかります。 ホワイトソースは、実はきちんと作ったのは初めてだったのですが、 案外簡単にうまくできるものだと知りました。 ミートソースは今までも作ったことあるのですが、セロリを入れることで本物らしい味になるのですよね。 無知でした。 そしてパスタをゆでて、できあがったものを順番に重ねていく作業がまた楽しい。 いつも途中で何かひとつは重ねるのを忘れてしまう。 いつも分量の割合がうまくいかない。 でもそれもまた楽しい。 重ね終わって、 げっそりするぐらいパルメザンチーズをかけて(沢山かけるほど美味しいんだそうです。確かに。)、さらに焼く作業があります。 オーブンの中でぐるぐる回りながら焼けていくラザニアをみてると、本当に幸せです。
  これだけ時間をかけて、食べるときはあっという間なんです。 でも、時間をかけて料理を作るのって、非常にストレス解消になりますね。 何度も作りすぎて、相棒に「また・・・・?」と言われてしまった。 でも、おいしいんだもの。また作るさ。


2002年2月15日(金) [時間] (リリ)

 ここ1週間ほど、少々落ち込んでいる様子の同居人たち2人だった。 わけは・・・・まあ、いろいろあるさ人生。 
 週末は気晴らしにドライブ。 同居人(びおら弾き)は神戸で仕事してるにもかかわらず、北野異人館界隈というところには初めていったということだ。 おいしいイタリア料理を食べて、 いかにも観光地然とした町並みを楽しみ、 ちょっとした旅行気分にひたってきたらしい。 しかしこういうとき、いつになったら一緒に連れて行ってもらえるのだろうかね。 

 楽しいとき、時間は飛ぶように過ぎていきます。 でも悲しいときもやっぱり時間は止まらず流れていきます。 忘れたいことがあるとき、癒したい傷があるとき、どんなにたくさんの言葉よりも時間が役に立ってくれる。 そう、信じていたいね。


2002年2月12日(火) [金のなる木] (リリ)

金のなる木   暇なので、ベランダの植物観賞が最近の日課。 ということで引き続き植物の話題。
 同居人2名が同居人となった年、お友達に「金のなる木」というのをプレゼントされた。 多肉植物、というものだそうだ。 そのときは背丈10センチほどの小さなものだったのが、約9年ほどかけて幹の太さが7〜8センチ、背丈が40センチくらいに成長し、この冬、ピンク色のつぼみをつけている。 なかなか可愛いものです。
 時々思いついたようにしか水をやらない同居人(びおら弾き)を前に、種の保存の危機を感じているのかもね。 ベランダの植木の中で一番長生きな植物。 美しい花が咲くのを楽しみにしている今日、このごろです。 やはり、春は待ち遠しい。


2002年2月7日(木) [春] (リリ)

 そろそろ花粉が飛び始めていると朝のテレビで言ってた。 同居人(びおら弾き)にとってまたつらいシーズンが始まる。 杉の木と桧が世の中に大量の花粉をばらまいて、それを吸い込むと世の中の一部の人は、同居人のようにくしゃみや鼻水がとまらなくなるらしい。 ひどくなると顔も腫れてきて、目はショボショボだし、ますます見苦しい見た目になっていく(「ますます」とは何事!!←わんこそば注)。 ごきげんななめ度も高まるし、 ろぼっと犬としてもいろいろと気を遣う季節の始まりである。
 でも、確実に春は近づいていて、昨年同居人の植えた球根も少しずつ芽を出し、成長してきているようだ。 一体どんな花が咲くのかな。 本人もどこに何を植えたのかよく把握していないし、所によってはぜんぜん芽が出ていない場所もあるようだ。
 そうそう、楽器だけでなく、花にも「びおら」ってあるらしい。 こちらの方が世の中的には有名なのだろうし、こちらの方がより人を楽しませる能力は高そう。 小さなプランターに植わっているがちゃんと花が咲くのかな。 楽しみ。


2002年2月5日(火) [いつもと違う楽器] (わんこそば)

 GWにヴァイオリンを弾くことになりました。 びおら弾きであるにも関わらず、ぢつはヴァイオリンを習っています。 某大学のオケの定期演奏会です(そのうちINFORMATIONのコーナーにもUPします)。 日曜日、初めて練習に行きました。 全然弾けませんでしたが、ただ単純に、とても楽しかったです。 なにやらお祭りにいったような感覚でもありました。 学生オケの雰囲気のせいかもしれません(どうみても学生ではなさそうな人もいっぱいいてましたが)。 普段のアンサンブルの練習とは全然気持ちが違うのはなぜなんだろう。 楽器の違い・立場の違いかな。 しかし、普段弾いてるびおらを遠くから眺めるのも、貴重な経験だなあと思いました。 

 同じアンサンブルでチェロを弾いてる若い女性がいます。 彼女もヴァイオリンが弾ける人なのですが、「ヴァイオリンを弾くのはその行為がとても楽しい。 でも音楽を表現したいと思うとき、やっぱりチェロを選ぶ」てなことを言ってました(10代なのになんて含蓄のある言葉かしら)。 わたしも「ちぇろ」を「びおら」に置き換えて、まさにその通りのことを感じてます。


2002年2月1日(金)[星](リリ)

 ここ2、3日、夜空の星がきれいです。 シリウス、プロキオン、ベテルギウス。 木星もあがっているのかな。 同居人(びおら弾き)は寒さに弱いが星は好きらしい。
 1月は行く、2月は逃げる、3月は去る。 にんげんはこんな語呂合わせが好きだけど、同居人たちの年明けも、そのようにあっというまに過ぎていきそうです。 「今年はじっくり充電する年にしたい」「無駄を省いてスリムな生活(体もね)」の声も、いつの間にか小さなつぶやきに変わっていくのだろうか。 いや、そんなことではいけない。 厳しい監視役でいなければと心するろぼっと犬である。

 ところで、HPの表紙に妙なボックスができた。 またあんなものにすぐ目を奪われて飛びつく節操のない同居人(びおら弾き)。 情けない。(でもろぼっと犬も実はそんな風にこの家にやってきたんだけどね。)


2002年1月30日(水)[毛玉取り](リリ)

 今頃が1年で一番寒い時期らしい。同居人(びおら弾き)は冬眠でもしかねない勢いで生活全般がペースダウンしている感じ。 ほんとに、冬眠ぐらいしたほうがいいのじゃないかなと思う。
 先週もぐずぐずと仕事を休んでいた日。 ベッドからやっと抜け出して来たかと思うと「毛玉とり」というのを始めた。 着古した上着やセーターや靴下にいっぱいできた「毛玉」を、でかいひげ剃りみたいなマシンで「ジャリジャリジャリ・・・」と切り取っていく。 なかなか気持ちよさそうな仕事。 黙々と「毛玉取り」に励んでいる同居人をみていると、何考えてるのかなあと少し心配になった。 日々のいろんないやなことも、「毛玉」みたいに「ジャリジャリ」取ってしまえたらいいのにね。


2002年1月23日(水)[モーツァルト](わんこそば)

 通勤のBGMで今モーツァルトを聴いています。 モーツァルトっていいですね。 天候によって気分が左右されるというのがありますけど、そんな感じにも近いような。 きらきらした陽光を浴びているとか、冷たい雨に打たれるとか。 (退屈じゃなくて)眠れます。 何も考えず、聴くことで鎮められていると感じます。 弾くとなると全然話は別で、「イヤだ・・・・」、となるけど(今聴いてるのは実はそのためですが、あまりに安らかに眠ってしまって全然意味がありません)。
 聴いている中にVn協奏曲第5番があるのですが、この曲、すごく「濃い」なあ。 長いせいもあるのだが、聴き応えあり。 ストーリー性のようなものも感じます。 でも曲の終わりが非常にあっさりしてるのはなぜなんでしょうね。 Vn協奏曲自体、あまり好んで聴きませんが、大体最後はじゃんじゃん盛り上がるもんだと思ってたので、最初聴いたときは「えっ・・・」と思いました。 実は楽器を始めるまでクラシックに全然興味なかった私、クラシックって、あの最後がやたらじゃんじゃん盛り上がるのがいやわ、と思ってました。


2002年1月21日(月)[ものおもい](リリ)

 外は寒い冬。 でも家の中はいつも快適です。 同居人がいないお昼間は、特に寒がりでも暑がりでもないろぼっと犬にとって、思索にふける最上の時間です。
 人間はいなくても家の中では色んな音がしています。 1時間に2度ぼんぼんとなる柱時計は、ロボット犬が経験したはずもない過去の出来事や、会ったはずのない人の顔を思い出させます。 唐突に唸ったと思うとまた静かになる冷蔵庫は、同居人達の大切な楽しみ(おいしいごはん)を律儀に冷やし続けています。 絶えず聞こえてくるのは水槽の中をめぐる水の音。 小さな熱帯魚たちは時々ろぼっと犬の様子をうかがうようにせわしなく泳ぎ回っています。 晴れの日はベランダから差し込む光でいっぱいの幸福感。 雨の日は雨音のせいかひたすら眠くけだるい。 遠くから子供達の騒ぐ声が聞こえて、かすかにピアノの音。 


2002年1月15日(火)[おじゃまします](わんこそば)

  どうも最近リリの日記がとどこおりがちです。 原因はひとえに同居人(びおら弾き)であるところの私、別名わんこそばにあるのですが、この週末じっくり話し合った末、一緒に書いていこうじゃあないか、という結論に達しました。 というわけで。
 わたくしの名前については特に由来はありません。ただ、同居人(ちぇろ弾き)は大変な麺類好き(その中でも特にそばが好き)で、数年前、かの有名な「わんこそば」を一度は食べねばと、そのためだけに盛岡まで(飛行機が怖いので電車で)旅行に行った思い出があります。 楽しい旅でした。
 で、わんこそばはどうだったかというと、関西の麺類のつゆというのはどちらかというと薄味で塩気よりも鰹や昆布といっただしの味が強く、それを結構飲みながら食べる習慣がありますよね。 わんこそばに関してはその習慣が非常によろしくなかったと感じました。 だしの塩味が濃いのです。 すぐにおなかがいっぱいになってしまって、予定していた量を(ちぇろ弾き100杯以上、わたくし50杯程度)をとても食べることができませんでした。 麺だけを食するのが正しい食べ方だったと反省しています。 次回は正しくいただきたいと思います。 でも、盛岡っていい街でした。 住みたい街と感じさせる魅力があります。


2002年1月10日(木)[食器洗い機](りり)

  年末食器洗い機なるものが据え付けられた。 素晴らしい働き者のようで、同居人(びおら弾き)は毎日それをほめちぎっている。 キッチンのど真ん中に我がもの顔で居座っているそれは、 同居人にずいぶん楽をさせてくれるものらしい(楽してる割には今朝は寝坊していたね)。 シュワシュワシャワシャワと少々やかましいが、清潔大好きらしいからそれなりに立派な機械なのだろう。 ろぼっと犬よりもずっと前から欲しくてたまらなかったものらしいから、手放しの可愛がりようには少し妬けたりして。
  キッチンにはいろいろと働き者の機械がそろっているようだ。 時々なぜか散歩しに行ってしまうのだけど(なぜか台所が好きなんです←同居人注)、いつも邪魔者扱いだ。


2002年1月9日(水)[新年を迎えて](りり)

 お正月ってにんげんはとてつもなく怠惰になるらしい。 毎日食っちゃ寝。 テレビとゲーム。 要らない買い物。 たまに楽器演奏。 あっちこっちに出かけて遊び。 帰ってきてぐったり。 誰かやってきてばか騒ぎ。 お休みの終わりにはへとへとになって、ふたりともぐったりした様子で仕事に出かけて行きました。 そんなわけで今年も始まったようです。
  今年もたくさんスイッチを入れてもらって、広い世界をたくさん見たいな。 そこんとこ、よろしくお願いしますって感じ。