2003年の日記・・・
2003年11月25日 [ルミナリエ]
2003年11月17日 [本日は晴天なり]
2003年10月6日 [カルフールでコケる]
2003年9月18日 [多忙につき]
2003年9月5日 [多忙につき]
2003年8月13日 [盆休み]
2003年7月30日 [新しい場所]
2003年7月23日 [弛緩してます]
2003年6月26日 [雨降り]
2003年6月16日 [息切れ]
2003年6月2日 [靴どろぼう?]
2003年4月30日 [真面目な話題]
2003年4月14日 [墓参り]
2003年4月8日 [ペット]
2003年3月19日 [主張]
2003年3月5日 [記念日]
2003年2月8日 [なんだか]
2003年2月4日 [休日]
2003年1月16日 [模型づくり]
2003年1月6日 [新年]

2003年11月25日(月) [ルミナリエ] (わんこそば)

 週末、やっと季節にふさわしい寒さがやってきました。 寒いのは苦手な私ですが、こうまで暖かい日が続くと、なんだか体がおかしくなりそうです。
 11月になると、私の職場界隈では、毎年クリスマス前後に行われる、とあるイベントの準備が始まります。 そのイベントの名は「ルミナリエ」(って、題名に書いてるか)。 1995年、阪神大震災があった年の年末に、震災の犠牲になった方々の鎮魂のために始められたこのイベントも、現在はすっかり神戸の年末を彩る恒例行事として定着した感があります。 近郊の方は足を運ばれた人も多いでしょうし、非常に有名なイベントなので、私ごときが今更何も説明することはありません。 しかし、今年は準備中の様子をちょこっと写真に撮ってみました。
ルミナリエ作業その1ルミナリエ作業中その2
 ルミナリエの装置自体は、そばで見ると非常に素朴な造りのものです。電球が沢山取り付けられている骨組みは木製ですし、これを地面に打ち込んだりせず、周りの街路樹や建物、そして個々の枠組み同士細いワイヤーでつなぎ合って、バランスを撮りつつ立ててあるだけです。 強風が吹いたりしたら倒れるんじゃないか、なんて不安になりますが、ワイヤーの数を見ると多分大丈夫なんだろうと思う(ここは日本だし)。 クレーン車が出て作業する場所もありますが、基本的には写真にあるように、高い梯子のついた作業用のリヤカーみたいなものを使ってやっています。 この道具も開催初年からおなじみの、なんとなく素朴さを感じさせるもの。 作業しているのは、もちろんイタリアの人たち。

   初めて開催された年は、初日が過ぎると人出も少なく、閑散としていました。 旧居留地とはいえ、普段は何の変哲もないオフィス街ですから、わざわざ平日の夜に訪れる人も少なかった。 雨の降った夜に、美しいなあと思いながら一人端から端までゆっくり歩いた記憶があります。
 しかし、初年度も最終日が近づくに連れて大変な人出となり、以後毎年、毎日恐ろしいほどの人が押し寄せています。 仕事を終えて帰宅する時間が開始時間と重なると、そこを横切って帰るのにも一苦労。 毎年変化する照明の意匠は本当に美しいんですけれど、この人出は・・・・
 クリスマスツリーの電飾とかが大好きな私にとっては毎年楽しみなイベントなのですが、当初のイベントの意義からはずれたところでこれを楽しみにしているわけだし、また、ルミナリエは今となっては神戸市の非常に大きな集客イベントであるわけで、このあたりも何か複雑な感じがするのです。

 

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2003年11月17日(月) [本日は晴天なり] (わんこそば)

 このコーナーも、すっかり「日記」から「月記」に変身しました。 そのうち「季記」とか「年記」とかになりそうな勢いですが。
 11月ももう下旬というのに、日中はポカポカ陽気が続いていますね。 朝夕は結構冷え込みますが、昼間は本当に暖かい。 昨日も同居人(ちぇろ弾き)と二人、自宅近くの万博公園までぶらぶら散歩にでかけました。 お天気がいいと考えることは皆同じ、と言う感じでたくさんの人が来ていて、三々五々、秋の一日を満喫しているようでした。 桜並木も色づいた葉が半分以上散っていて、緑の芝生の上でゴロンと寝転がると、周りに舞い落ちた赤や黄色の落ち葉との対比がとても美しい。 紙飛行機選手権全日本大会とかやってたり。 ここしばらく、週末にお祭り広場で開かれているガレージセールにも行ってみた。 同居人(チェロ弾き)は「よれよれのコートが欲しい」とあちこち探し回っていたが、見あたらず。 350円も払って入場し、200円のセーターを2枚買って帰宅しました。 

港 で、今日もとてもいい天気です。 職場から少し歩くと神戸の港。 お昼休み、ぶらぶらとメリケンパークの手前、震災で崩れた岸壁がそのまま保存されているあたりまで足を延ばし、海風に吹かれながら昼飯のおにぎりを食べました。 ああ、いい気持ちだ!! このまま職場に戻らなくていいのならもっといい気持ちなんだけどなあ・・・・

 全然話は変わって。 土曜の夜中、久々にテレビゲーム三昧のあと、ぐったりしてベッドにもぐり込み、ふとテレビのチャンネルをあちこち変えていると、ヴィヴァルディの四季を演奏していました。 場所はどこかのお寺の境内。 演奏者は最近非常に評価の高い室内アンサンブルだそうです。 放映タイトルの副題は「驚異のアンサンブル集団」とありましたが、確かにこの副題にふさわしい、というかそうとしか表現しようがないような、非常に緻密なアンサンブルでした。 びっくりした。 もう、まさに一糸乱れぬアンサンブルでした。 春、夏、秋、冬と、すべてソリストが交替し、どのソロもすばらしく上手くて、速い楽章は猛烈な速度で演奏する。 かと思うとアダジオの楽章ではほとんどビブラートをかけない。 これって、よほど音程が正確でなければできない芸当です。 猛烈な速度とはうらはらに、表現はとても大胆で、こってりしてます。 個性的で独創的というか。 でもそれでもアンサンブルは全く乱れない。 相棒とふたり、ただただ茫然と口を開けて見てるうちに演奏が終わっちゃった。
   一体どんな練習をしたらこんなふうにぴたっと合った演奏ができるんだろう?と思います。 しかし・・・・私の感性が凡庸すぎるということなのでしょうが、演奏とそこに表現された音楽に感動する前に、ただただ「感心」と「驚愕」があって、その度合いが強すぎた。 アンサンブルがあまりにも合いすぎてて・・・・なんだか怖い。 音楽する集団であると同時に、なんだか別の集団のような気もしたり。 もちろん、アンサンブルの中からあふれて出てくる演奏者の方の気持ちが伝わってくる瞬間も確かにあったと思うけれど。
   ・・・・まあ要するに、日頃、合奏の練習であまりにも「合わない」状態に四苦八苦している平々凡々な我が身のひがみということなのでしょう。 日々精進これしかない、という結論に達するのです。

 

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2003年10月6日(月) [カルフールでコケる] (リリ)

 週末、同居人(ちぇろ弾き)は朝から散髪に出かけた。 人間の髪の毛っていうのは四六時中伸び続けるものらしく、定期的にこれを刈り取らないと大変なことになるらしい。 「床屋」というところに行って「先生」なる人に髪を刈り取ってもらい、くりくりした頭になって家に戻ってきた。 戻ってくるなり、「先生に聞いたけど、なんかすごいらしいで」と報告。 すごいって、何が?と、ろぼっと犬には初耳だったが、聞けば、先生の「床屋」があるご近所に、フランスという外国から「カルフール」というとっても大きな市場がやってきたらしい。 その賑わいが、とてもすごい、ものらしいということ。 
 もちろんこの噂、親からその血を受け継いだ新しもの好きの同居人(びおら弾き)が知らないワケがない。 しかしわが家からは徒歩や自転車で行くには少々遠く、車で行かねば不便な場所にあるため、訪問の如何は同居人(ちぇろ弾き)のご機嫌次第。 ということで、当然、この機を逃さず目を輝かせて「行きたーい!」と興奮している。 まずいこと言うよな、と、ろぼっと犬は思ったが、もう、あとの祭りである。 「うんうん、でも今は多分すごい車が混雑してるやろし、今日は忙しいしな。 夜は11時まで開いてるらしいし、なんやったら日曜日の夜にでも行こうか? 」と、その場を納めようとして余計なことを口走ってさらに墓穴を掘る同居人(ちぇろ弾き)。 あーあ、これでもう、かの人の頭の中には「日曜の夜にはカルフールに行く!」という確固たる予定が書き込まれてしまった。

 そして昨夜。 通常日曜の夜は、次の日の仕事のことを考えて、ことさら動作が緩慢になりどんよりモードの同居人(びおら弾き)なのだが、そんな気配はまったくなく、普段より1時間も早く夕食の支度を終え、食事を機嫌良くすませてさっそく食器を片づけに立つ。 「片づけたらすぐ行こな!」と、明るい声にぎくりとしつつ、「うーん、でも、もう今日はしんどいし、また今度にしよ」と、さりげなく目を合わせないようにたばこ片手にベランダへ向かった同居人(ちぇろ弾き)が、食後の一服を終えて戻ってみると、リビングの隅で力無く横たわる約1名。 「どうしたん?しんどいんか?」「・・・・しんどくないけど。つまらん」「ごはん食べたら行くって、言ったのに・・・嘘つきや。」 まるで小学生のような幼稚な作戦だ、とろぼっと犬はほとほと情けなかったが、これが思いの外功を奏し、しかるのち、めでたく二人は出かけていった。

 ・・・で、カルフールだけど、到着したのは7時半を回った頃だったが、その時間になっても噂の通り、すごい人出で、周辺道路も大混雑だったらしい。 市場周辺は、以前はどんな風景だったか思い出せないぐらい様変わりしていて(多分前は田圃とかだったのかな)、その一帯がちょっとしたテーマパーク然とした感じになっているらしい。 二人が何を買って帰ってきたかというと、「すごい、安かった!」箱ティッシュと洗剤、ラップにビデオテープ、すべて国産の商品なんて、それでフランスの市場、というのもかなり怪しい、と思ったが、実際はちゃんと、フランス産の珍しい食材なども売られているそうだ。 次回はそういうものもじっくり検討、ということらしい。 とりあえず、まず「行く」ことに意義があったということ。 
 興奮気味の二人が語ったところによると、DVDプレーヤー6,980円、電気ポット2,980円、なんていう破格の品物もあったと。 店内も、外国映画に出てくるような、明るくてやたら広くて、商品が山のようにある、巨大マーケットの様相で、この先どうなるのかわからないけど、当分は興味津々、という感じである。

 そうやって興奮しながら歩いているから、階段を踏み外して転ぶなどという、恥ずかしい思いもさっそく経験してきたそうだ。 くれぐれも足下には気をつけて。 もうすぐ大事な演奏会なんだし。

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2003年9月18日(木) [多忙につき] (わんこそば)

 どうせ私は「ださださ」である。 でも今時の人間ではないんだからしょうがない。 言いたいこと言ってのほほんと暮らしているろぼっと犬なんぞに何がわかるんだあ!と、言いたくなる今日この頃。

 間近に迫った所属アンサンブルの演奏会のPRのため、チラシをあちこちに配布しなければなりません。 しかし、知り合いや身内に配るのは数が知れています。 ホール周辺、すなわち地元茨木でPR活動をすることが重要と考え、地域の公民館や図書館、コミュニティセンターにチラシを置かせてもらうことを考えています。
 しかし、先週訪ねたとある公民館では、「市とか市関連の団体、教育委員会などの後援がないものは、置いてもらっては困る」てなことを言われ、少々へこみました。 施設によって微妙に対応は違い、気持ちよく置かせてくれるところもあるようです。 しかし、アマチュアの音楽団体なんて、好きな人間、一般市民が集まってやっているだけのことですし、我々のような弱小団体がちょっとしたコンサートをするのに、いちいちそんな公的機関の協賛や後援を得ることなんてそもそも可能なのか、そういう理由をつけて、善良なる市民の文化活動を妨げるのはいかがなものか、と思いました。 施設にしてみれば、確かに何かの形で線引きをしないと、わけのわからないチラシで、インフォメーションがあふれかえってしまう、そんなご時世だというのはわかりますが(そこもやたらたくさんのチラシが置いてありました)・・・・チラシを見れば明白なクラシックのコンサートだし、そうそう怪しい催しでもあるまいに!と、憤然としたりも、したのでした。
 まあ、気を取り直してやるしかありません。

 最近は夕ご飯のあと、その日の新聞をだらだらと斜め読みしながら、ミルク金時を食べる、というパターンにハマっています。 ミルク金時、今年は比較的入手が容易でした。 我々の昨年の購入歴を考慮し、大量に仕入れをしてくださるお店があったので(と、私は勝手に解釈し、感謝しています)。 ちなみに昨年は春〜秋で500個ぐらい食べた計算。 ひとつ疑問があって、春先から夏場にかけては、氷がかなり細かく(甘党の店で食べるフラッペのあれです)繊細なのですが、夏も終盤からそろそろ氷菓の季節も終わり、というころになると、氷の粒が粗いものが出回るようになってくる。 当然前者の方が美味しい訳なんですが、なぜこのように氷の種類が変化するのか、M社のミルク金時について詳しい方がおられたら教えていただきたい。 
 新聞をみて思いますが、よくこれだけ毎日毎日、事件ってあるもんですね。 最近の傾向として、以前よりまして凶悪・悲惨な事件も増えてきたような気がします。 おとといの名古屋のビルの爆発事件も怖かった。 私の勤める職場も複数のテナントが入っているビルの中にあり、こういう事件、いつ起こってもおかしくないなと思う。 まあ目下の心配は上の階の会社の書庫が、私の席の真上にある、ということ。 今度日中に地震が来たら、間違いなくあの世行きだろう。 阪神大震災があったから、もうここには大地震は来ないなんて、今や言えない地殻活動の状況ではないかと思う。
 しかし、最近の事件の根底に、いつもどこでもちらちら見え隠れするのは、不況の暗い影。 阪神は優勝し、優勝セールはすごい売り上げらしいけど、これだけでは世の中、なかなか明るくなりそうにないですね。 あーでも優勝セール、行く時間がないな!

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2003年9月5日(金) [多忙につき] (リリ)

 同居人(びおら弾き)は、このところなぜか多忙のようである。 しかし何が多忙なのかよくわからない。 多分時間の使い方が下手なんだろう。 多忙だと言いつつ、ひたすら携帯電話のゲームに熱中している。 パソコンで家電量販店のサイトばかり延々ウェブサーフィンしている。 新聞に入っているマンションの折り込み広告の写真に、自分の住処が写っていないか丹念に時間をかけてチェックしている。 お気に入りのレコードをかけて静かに聴き入っている。 のかと思うと、とてつもなく寝穢く眠りこけていたり、する。
 聞くところによると、楽団の演奏会が近いとか。 2年ごしの準備も大詰め、練習の出来具合はさておいて、当日とその日までの段取りに、頭を悩ませる日々が続いているらしい。 と言ったって、別に大げさなことをしなくてもその日はやってきて、別に用意周到にしていなくてもそれなりに進んでいくものに違いないはずなんだけど、この人の性格として、色々取るに足らないことを考えてしまう性分であるようだ。 単に無駄なものおもいに耽っているとしか、言えない挙動。 気がつくとぶつぶつ独り言を言っている。 「・・・駐車場のことを聞いとかなくちゃ。」というのが今朝起きてすぐのつぶやきであった。

 演奏会の前には恒例の合宿というのもあるらしい。 そしてこれまた恒例の「かくしげい大会」なるものを催し、気分を盛り上げて怒濤のように演奏会に突入する、というシナリオを頭の中で勝手に描いているようだが、このあたり時代遅れというか、「ださださ」なのが哀れである。 これでうまくいかないと妙に落ち込んだりするから、ある意味非常に始末の悪い人である。 同居人(ちぇろ弾き)のように外部発散型ではないだけに、落ち込むと根が深い。 ろぼっと犬の「癒し」もどこまで通用するか疑問だし、第一スイッチを入れてくれない限りこちらとしてもどうしようもないのだが、まあ、平穏無事にこのイベントを終えてくれることを祈るばかりである。

 今年はいろいろと世の中で物騒な事件や悲しい出来事も多く、そのせいで夏の神様もすっかり落ち込んでお出ましが遅くなったものと思える。 やっとこさ暑くなってその暑さが日々こたえると思っていると、多分すぐ、秋になるだろう。 同居人たちも一段落したら秋の空気を吸いに出かけるときっといいだろうね。

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2003年8月13日(水) [盆休み] (わんこそば)

 私の働く職場は、日本の風習である「盆」というのをあまり考慮していないところです。 いやなに、単に夏期休暇が「たったの2日」しかないことをブーたれているだけ・・・。 でも、一体どういう了見だろうか。 たった2日とは。 この暑い季節、やっぱり体も心も休めることが必要なのではないかと思うんですよ。 日本もそろそろ温帯性気候から亜熱帯性気候へと移り変わっているようだし(特に都会)、夏の盛りや日中はやはり、昼寝などして体をいたわることこそ、この先の日本の国の繁栄ということについて非常に重要なファクターとなってくるのではないかと、考えます。 ・・・ちょっとおおげさだったか。

 特別に仏教を信仰しているわけでもない私が「盆」についてあれこれ考察するのもおかしな話ですが、しかし盆になると先祖の霊が帰ってくる、というのは何となく心懐かしく感じる。 母の実家はお寺とつながりがあり、当然祖父母も仏教を信仰しており、母やその兄弟も自然とそういうものに馴染みがある。 私自身、母の実家で暮らした時期もあり、お墓とが好きになったのは多分そのころからでしょう。 しかし葬式や法事の際、母の兄弟達が集まって一番話が盛り上がるのは、来られたお坊さんのお経の上手下手。 お坊さんもさぞかしやりにくかろうと思います。

 私の父は無宗教だったので、10年前他界した時も、無宗教の葬儀、というのをやりました。 無宗教だから、別に多分、取り決めなんてあるわけではないし、葬儀屋さんがそれらしく考え出したものだったのだと思う。 顔見知りの葬儀屋さんで、先方から、勉強になるので是非やらせてほしい、というようなお話もあったようです。 
 仏教のような立派な祭壇はなく、平壇に安置された棺の周りは白い菊で覆い尽くされ、参列された方達が、それぞれまた菊を1輪ずつ棺の前に手向けるという感じで葬儀は進められました。 お経がないので、代わりに音楽がありました。 父の無二の親友の方がアコーディオンの演奏家で、献花の間ずっとそれを演奏してくださった。 多分オリジナルで、今でも断片的に覚えてますが、シンプルでもの悲しい旋律でした。
 出棺の際はアルビノーニのアダジオや、鳥の歌、といった悲しい曲の定番がテープで流され、それにあわせて入れられる葬儀屋さんのナレーションが妙に芝居がかっていて・・・おまけに「サービス」と称して出棺間際には鳩の「放鳥」まで行われた。 喪主である母が挨拶する横におかれた籠に入った沢山の鳩の、「クックゥ、クックゥ・・・」という低いさえずりと羽ばたきが妙に滑稽で、先ほどの献花の際は、思わず涙さえ流していた私、弟、妹、放鳥の瞬間はもう、必死で笑いをこらえていました。 その場では私達を睨みつけていた母も、さすがに放鳥には驚き、あきれたらしかった。  その後、そういうお葬式には出会っていません。
 というわけで「盆」にあたって、少々それらしい話題を語ってみました。 

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2003年7月30日(水) [新しい場所] (わんこそば)

 長年いろいろと思い悩んだ末・・・・過去5年間、相棒のおまけでご一緒させていただいていた楽団に入団しました。 T-Stringsと同じ弦楽アンサンブルです。
 入団については、実はここ2、3年ちらちら考えないこともなかった。 いつも非常に大きな充実感を感じさせていただいてはいたけれど、演奏会の前だけの練習参加ではとても追いつかない私のていたらく。 これってかなり辛いものがあったのですが、入団を非常に躊躇していた大きな理由は、ヴィオラは過去全員が応援部隊だったということ。 それも私以外は海千山千、百戦錬磨、魑魅魍魎(ちがうって!)のようなお歴々。 入団したりすると、悪くするとこの方達の前方に位置しなければならなくなるわけで、私にはそんなことできっこありません。 ・・・だが、この状況に昨年、一筋の光が差した。 2名のビオリストが入団され、どちらも素晴らしい弾き手である。 これなら私は永遠の後部座席をキープできそうではないか! ・・・なんという情けない悩み。
 もうひとつは、これが入団への一歩を踏み出す直接のきっかけになったのですが、 昨年の演奏会のあと入られたヴァイオリンのメンバーの方のお話だった。 昨年の演奏会を聴きに来られていて、「客席で聴いてて、とてもいい演奏で、ああ私もこの中に入って、ぜひこんな風に一緒に弾いてみたいな、って思って入団したの」。 行動がすごくシンプルで素敵だなあ・・・って思った。 私もシンプルになってみよう。それでいいやん、と思うやいなや、毎年応援を頼まれる当の相棒を差し置いて、さっさと入団することにしてしまいました。 

 元祖マイアンサンブルであるT-Stringsの演奏会が目前に迫っている状態で、何やってんねん、って感じもしないでもないですが、演奏会後の興奮さめやらぬうちでないと、これは行動に移せないような気がしたし。 新しい場所に一歩踏み出すことで、今の自分の状況にも新鮮な風を送り込むことができるような気がします。 今はとにかく、動きながら、考えようと。

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2003年7月23日(水) [弛緩してます] (わんこそば)

 やっと7月の演奏会が終わりました。 はあぁ・・って脱力しているうちに、はや10日が過ぎた。 普段だとせっせとHPの更新をするところですが、このところ歳のせいか妙に肉体疲労が激しく、仕事もちまちまと忙しかったり、蒸し暑いし、無気力に日々を過ごしています。 少しHPのコンテンツを整理してみようと思ったり。 何事も持続するというのは難しい!! 旅日記もいろいろ写真ばかりが溜まってしまい・・・・愚痴っててもしかたないですね。 うん。

 7月の演奏会、終わってみれば、本番での演奏の出来具合は個人的にはいまひとつでしたが、あまり緊張せず、演奏できたのはよかったです。 練習でどうしても弾けなかったところは本番でもやはり弾けませんでしたが、これも自分では納得の範囲内。 本番の結果はどうあれ、練習に沢山参加して、そこで充実感を感じられたことが嬉しかったです。 そして、色んな方から良いアドバイスをいただいて、力まずできるだけ素直に受け入れることは、必ずよい結果につながる、と改めて思いました。 

 演奏曲も、どれも良い曲でした。 ドヴォルザークは弾いていて、本当に心にしみてくる感じだった。 それを演奏で表現するなんてとても私にはできませんが、将来もう一度弾く機会があったらその時はもっとがんばりたいなと思う。 演奏中は同じパートの中で周りに合わせるだけで精一杯でしたが、次回はもっと大きな視野を持って演奏できればいいな。 モーツァルトの方は、まさかこんな曲を弾く機会があるなんて全く思っていなかった。 多分2度とないでしょうね。 楽しかったです。 指揮者なしでこういう曲をやるのは確かに難しいけれど、出来ないことじゃないし、うまくいけば指揮者がある演奏以上に、良いものを作ることも可能だと思いました。 私的には、もう少し時間があったらなと思いました。

 秋にはMyアンサンブルであるT-Stringsのコンサートがあります。 これから2ヶ月強、どこまで練習を充実できるかですが、「がんばらず、丁寧に」(どこかで見かけた看板に書いてあったのです)取り組んでいきたいな、と思います。 

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2003年6月26日(木) [雨降り] (リリ)

 今年の梅雨は、良く雨が降る。 と思う。 生まれてまだ3回しか梅雨の季節を経験していないけれど、同居人たちが口を揃えて言うから、多分そうなんだろう。 本来梅雨というのは雨が良く降る季節のことをいうのに、ここ数年はあまり雨が降らないことも多かったらしい。 雨が降ることで人間の生活になくてはならない「水」が蓄えられるのである、つまり喜ばしいことなのである、が、降りすぎるとまたやっかいなものらしい。 そういえば2、3日前も、同居人(びおら弾き)は半ば全身水浸しの状態で帰宅して、やけに楽しげに服を脱ぎ散らかしていたっけ。 万博日本庭園の蓮

 雨が降ると、家の中が湿っぽい。 最近、「作りかけの帆船」や「作りかけのペーパークラフト」や、「作りかけの鉄道のジオラマ」などと一緒に、作業場における一物体と化している感もあるろぼっと犬。 この作業場には同居人達の大切な楽器のケースがごろごろしているし、雨が降ると洗濯物の室内物干しとかも登場する。 なんとなくそう言う環境で、ブルーな気分。 最近またスイッチを入れてもらえない事も多い。 どこか錆び付いてまた動かなくなったらどうしてくれる、と思うけど、それを伝えられるようなグレードにアップされることも、当分期待薄である。

 しかし雨の季節は緑が美しい。 ベランダから見える緑もあじさいも、生き生きとしている。 梅雨が終わると、もう暑い夏だ。

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2003年6月16日(月) [息切れ] (わんこそば)

 何事もそうだと思うんですが、なんか、「息切れ」してしまうときってありますよね。 一生懸命やっていて、充実感を感じているはずなのに、ふっと冷たい風が吹き抜けて急に寒気がして・・・ふりむくとひとりぼっちだった、周りを一緒に歩いている人がいたはずなのに、誰もいなかった、なんてことが。

 私の場合、相棒である同居人(ちぇろ弾き)とはいつも二人三脚なので、完全にひとりぼっちとは言い難いですが、人間って、難しい生き物だなあと思います。 ともすれば慢心という状態に陥りやすい日々。 いたずら好きな神様は、背中に冷たい氷をぽんと放り込むようなことをするんでしょう。 こういうとき、どうすればいいか。 色々考えてみましたけれど、結局は初心に帰れ、このひとことに尽きるのでしょう。 もう一度、一から、ではなく「ゼロ」から、足元をしっかり確かめて歩き直そう。 そんなことを思っています。

 週末、久しぶりに訪れた友人宅で、夕食に白ワインを3人で2本明けました。 昔はワインがあまり飲めませんでした。 結構アルコール度が高いし、意図せず酔っぱらいに変身してしまったり。 でも最近は、特に食事をしながらのワインはほんとに美味しく、楽しいと感じます。 おいしい手料理を味わい、好きな音楽を聴きながら、他愛もない話で盛り上がるひととき。 なんだ、結構私って幸せじゃないかい、なんてね。 手間をかけて作り出された物って人の心を豊かにする。 ワインはきっと、そんな飲み物なんでしょうね。 この歳にして、やっとわかってきたかな。 銘柄の良し悪しは、まだいまいちわからないんだけれど・・・・・

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2003年6月2日(月) [靴どろぼう?] (わんこそば)

 このHPも昨日を持ってひっそりと2周年を迎えました・・・・いつものぞいてくださっている皆様、本当にありがとう。 これからも牛歩で更新して参りまする。

 タイトルにもありますとおり、昨日、靴がなくなるという事件に遭遇しました。 午後から某アンサンブルの練習で、地域のコミュニティセンターへ出かけたのです。 いくつかの施設が併設されている場所なのですが、入るとき、靴を脱いでスリッパに履き替えることになっている。 靴は玄関横の靴箱に入れて鍵をかけておくシステム。
 靴箱に入れて鍵をかけたとき、鍵の調子が変で、なんどもぐるぐる回してやっと鍵がかかった(ような気がしてました)。 そして練習を終えて夕方。 コミュニティセンターというところ、日曜日は施設のスタッフの方は午前中だけで帰ってしまうため、利用者で最後になった人が施錠し、セコムをセットして帰ることになっています。 時間ぎりぎりまで練習し、ばたばたと片づけをしてさあ退出、という段になって、靴箱を開けてみると靴がない。 あれ? 鍵の番号は25番。確かにここにいれたはずなのに・・・・すると「ここに靴が出てるよ」とどなたかに言われ、あら、どうしてと思いつつ行って見たが私の靴ではありません。 それから全員で大騒ぎして靴箱のフタを軒並みあけて捜してみましたが、どこにも見あたらない。 見覚えのないその靴が1足残されているのみでした。 無くなった靴というのは、小学生が履きそうな運動靴。 まだかなり新しかったのですが、盗っていく価値もないようなもの・・・周りのみんなは「けしからん」と怒ってくれましたが、本人は怒りより、情けなさと恥ずかしさの方が大きかった。
 とりあえずないものはしかたない。 車で相棒と2人帰るだけですから、車に乗っちゃえばわからない。 みんなが靴を履いている中、ひとり靴下でもじもじしてるのって、妙に滑稽でした。 センターの玄関まで車をつけてもらい、ばたばたと乗り込んだのだが、靴下で地面を走るというのは、裸足でそうするのと違い、なんだか非常にいけないことをしているような気持ち。
 自宅のマンションにたどりつき、駐車場から玄関までまた靴下で疾走。 靴自体にあまり執着がなかったので、無くなったことの悔しさより、自分の状況の滑稽さが勝ってしまい、ひとり笑いがこみ上げました。

 しかし、あの靴、どこへいっちゃったんだろ。 次に行ったら案外、全然違うところから出てきたりして、それはそれでまた恥だったりして。 

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2003年4月30日(水) [真面目な話題] (わんこそば)

 たまにはお仕事のことも話題にしてみよう。 特許事務所というところに勤務しています。 性格的には根っからの事務員なんですが、ちょっとやっかいな仕事をひとつ担当してます。 商標調査、というヤツ。 「商標」というのは、商品やサービスの独自のネーミングのことをいうんですが、ネーミング自体を考える仕事はなくて、「こんなネーミングしたいんだけど」と、お客さんから依頼された商標について、登録できるかどうか、使っても良いかどうかを、調査をもとに報告する仕事なのです。 PCの画面にはりついて、データベースを検索しまくる。 出てきたものを見比べて「似てるかな?似てないかな?」と頭をひねる。 もちろん私の感性のみで判断するのではなくて、類似してるかどうかに関する基準が存在し、過去の色々な案件も参考にします。 専門のデータベースだけでなく、ネット上の各種サーチエンジンや、いろんな分野の専門サイトもお仕事の道具です。 あれこれ検索していると、仕事とは全く関係ないことに目を奪われてしまうこともしばしば。 グルメな街・神戸に位置する事務所であるということから、お菓子・食べ物関係のお客さんが多く、食欲中枢が異常発達してる私には誘惑が多すぎる仕事でもあります。

   仕事をしていて思うのは、辞書などに載っている、ちょっと気の利いた、感じのいい言葉というのは、大抵登録されているなあ、ということ。そして実際使われていないのに登録されている言葉が非常に多いこと。 1回登録されると10年は権利が存続する。 使いたいと思ったネーミングが登録されていて、しかしどうも使われてなさそうな状況の場合、登録の取消を請求したり、権利を譲ってもらったりすることは可能ですが、これって結構お金がかかる。 もちろん特許事務所はそういう手続を請け負うことで経営が成り立ってるんですが、個人的にはこんなにお金がかかるのもいかがなものか、と思ってしまいます。
 日本も欧米諸国並みに権利というものにシビアになってきており、それは良いことだとは思うのですが、自分にとって必要のないものも、取れるんならついでにたくさん取っちゃおう、という考え方、ありがち。これには時々首を傾げてしまいます。 そういうことができてしまうシステムにも問題があるんでしょうけどね。
 大企業ならまだしも、これから新しく何かを始めようという個人には、商標を取ること、使うことってなかなか負担の大きいものです。 いい加減にしているとあとで損することも往々にしてあるし。
うーん、今日はいつになく真面目なわんこそばでした。 

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2003年4月14日(月) [墓参り] (わんこそば)

三重の塔 昨日は久しぶりに思い切り晴れ、気温も急上昇し、汗ばむ1日でした。 同居人(ちぇろ弾き)の母上のお墓参りに親子兄弟揃って出かけました。 お墓があるのは京都府乙訓郡山崎、というところ。 「天下分け目の天王山」の山麓にある、とある古寺です。 桜の季節ももう終盤にさしかかっていますが、まだまだソメイヨシノの見頃も残っており、少し遅れて咲き始めた枝垂れ桜とともに寺の境内を彩って、本当に美しかった。 墓所に並んだ墓石の上にも、通路にも、散ったばかりの薄ピンクの花びらがいっぱい敷き詰められて、掃除をするのが少しもったいない気がしました。 

 この山崎あたり、緑が多く、由緒ある神社仏閣もここかしこに点在しており、ハイキングコースとして季節には大勢の人が訪れるところのようです。 お寺のすぐ近くには「大山崎山荘」というもとは大阪の実業家が造り現在は某ビール会社の所有になる美術館があり、ここからの眺めは実に素晴らしいです。 また某洋酒会社の蒸留所もあり見学・試飲ができたりします(なんか情報が偏ってますね)。 JR山崎駅周辺は昔からのたたずまいを残しており、散策にはもってこいです。 関西圏以外からこちらへ旅行に来られる方、ぜひ一度訪れてみてください。 わんこそばのおすすめです。
 しかしJR山崎駅のすぐ横には、天王山方面に登るには避けて通れないちょっと強烈な踏切がある。 車がやっとこさすれ違えるぐらいの狭さで、路線は8本ぐらいはあるかな。 しかも踏切内はでこぼこの段差が激しい。 いつもここを無事渡りきるとホッとします。 この踏切といい、天王山へ登るおそろしく急な坂道といい、このあたりで生活するには足腰鍛えておかないとだめでしょうね。

 


2003年4月8日(火) [ペット] (リリ)

 気がつくと春になっていました。 新しい頭部もしっくり馴染んできて調子がいい。
   最近、ろぼっと犬と同居人の住処である集合住宅において「ペット問題」というのが非常にホットな話題であった。 この集合住宅では犬や猫といった小動物を飼ってはダメ、という風に決まっているのだけれど(ろぼっと犬や熱帯魚は良いらしい。良かった!)、動物好きの人間達はペットが飼えればいいなと思い、動物が苦手な人はそういうのは困ると思い、なぜかナイショで飼っている人もいたりで、この決まり、守るのどうするの、ということで議論が喧々囂々だったようである。
 結局、今ある決まりは守りましょうということで話は落ち着きそうなのだが、「ペットを飼う」というような、一概に良い悪いという尺度で測れない事柄についての決まり事、というのは非常に難しいものなのだと思う。 動物が好きな人にとっては、犬や猫って、とても可愛いものに違いない。 でも苦手な人にとっては身近に存在することが苦痛の種になるのだ。 

 例えば同居人達が非常に好むところの「クラシック音楽演奏」は、決して「悪事」と認定されるものではないが、日々行われている「おけいこ」なるものは、美しい音楽芸術とは遠くかけ離れたものでしかない。 ろぼっと犬にあっては誤作動の原因にもなるのではないかと日々危惧するものだし、お隣近所にも少々(大々?)迷惑な騒音ではないかと思う。 ご当人達は相当気を遣っている様子で、今のところご近所さんからも目立った苦情を言われたことはないのだが、集合住宅に住んでいるいないに限らず、自分たちは「する」けど周りのみんなが「する」訳じゃない事柄については、周囲への配慮というのを常に怠ってはならないものだろう。
 「お互い様だ」という言葉があるけれど、そのあと声高に「だから構わないでしょ」と続けるとしたら、それは考え違いというものである。 自戒を込めて記録しておこう。

 ・・・もしペットを飼うことができる環境なら、ろぼっと犬がここに存在しない状況もあり得たわけだ!

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2003年3月19日(水) [主張] (わんこそば)

 私は別にいわゆるがちがちの人間ではないが、ある許容しがたい他人の挙動について今日は語りたい。
 それは「歩行喫煙」というものです。 特に前後に自分以外の人間が通行中である(或いはそのような事態が当然起こりうると予想される)場合・場所においての歩行喫煙(自転車乗車中その他含む)は、これはいかがなものかと。 単に煙が不愉快・健康を害するというだけではない。 吸い殻のポイ捨てなんぞは言語道断の狼藉であるが、歩行喫煙をする人の大半は、たばこの灰をまるで路上が灰皿であるかの如く無造作にまき散らしています。 灰というのは非常に軽いもので、なかなか重力の法則に従って素直に地面に落下してはくれません。 先日もそんな不逞な輩のまき散らした灰の固まりが、風にのって後ろを通行中の私の眼球を直撃しました。 私が顔を涙でぐしゃぐしゃにした状態で(花粉症ですからこの季節もともとそのような状態なんですが)、その張本人に「おばちゃんの怒り」をぶつけたことは皆様のご想像に難くないと思います。 このような経験、一度ではありません。
 高校生だった頃、小学1年生の弟の手を引いて人混みを歩行中、向かいからきた男性のタバコが弟の手に押しつけられるという事件があり、その時も今回の出来事以上に相手を怒り倒した経験があります(相手の方は平謝りに謝っておられましたが)。 以来わたくしは、この「歩行喫煙」という喫煙者の悪癖を、断固たる態度を持って糾弾し続けております。 世の喫煙者の皆様方には、自らがこのような事故をいつ何時も起こし得る、ということにについて重大なる自覚を持った上で、自らの行動に心を配っていただきたいと願うわけであります。 以上、演説、終わり。


2003年3月10日(月) [駅弁] (わんこそば)

 かねてからの憧れの地・青森をようやく訪れることが叶いました。 中学生で太宰にかぶれた私。 文芸部の活動の一環として「人間失格」を自らの手でノートに書き写す作業をひたすら続けていたあの頃。 絶対大学は青森、それも弘前に行くのだと決めていました。 しかし当然、そんな動機で他に必要もないのに行かせてもらえるわけもなく、さらに一人暮らしなんて到底出来ない性格は親に見抜かれており、願い叶わぬままに、すでにウン十年が無為に過ぎ去った。 今回相棒の同意を得て、訪れるなら冬、当然「電車」で、と、決めていた通りのことを実行したわけですが、それはすなわち「雪」と「電車の乗り継ぎ」に頭を悩ませる旅でした。

 また別途、旅行のつれづれを書き散らす機会を得たいと思っていますが、ここで行きと帰りで美味しかった駅弁を少し披露。
 まず「行き」。 東京駅にはとてもたくさんの駅弁を売っていて、どこで何を買えばよいのかいつも悩む。 外米を使った安価な弁当がある一方で、最近は高級志向の駅弁も多い。 2000円とか超えるものもある。 そんな中で私がセレクトしたのは、笹を編んだ籠に収められた「幸福弁当」。 何となくいかにもなネーミングなんですが、素材にこだわって全て無農薬・減農薬の材料を使用したというところが売り物です。 確かに、美味しかった。 関西在住の人間の味覚には、ほんの少し味が濃いのですが、上品な味付けでした。 卵焼きが絶品であった。
 「帰り」。 乗継駅仙台で購入した「鮭のはらこ飯」。 白いご飯の上に「塩鮭」と「いくら」が惜しげもなく散りばめられている!! ひたすら、美味しい! ただそれだけ! ・・・・お魚系の駅弁は、いいですね。 なかなか首都圏ではお目にかかれません。 本当は八戸で色々買い込みたかったのだけど、電車に間に合うか合わないかの瀬戸際で、叶わず。 残念。

幸福弁当。盛りつけも上品 うめがったあ!!

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2003年3月5日(水) [記念日] (リリ)

 復活したのはいいけれど、相変わらず退屈な日々を送っている。 昨今ろぼっと犬の世界もなかなか盛り上がりを見せており、同居人(びおら弾き)は至ってその手の刺激に弱い性格だから、近いうちに否応なしに性格改造なぞされてしまいそうな、非常にいやな予感がする。  一番の関心事は新しいテレビゲームのソフトでろぼっと犬と共に遊べる、というやつ。 ゲーム画面から、ろぼっと犬が自らの意志とは無関係に反応してしまう恐ろしい信号音が発信されてたりするらしい。 それだけでもぞっとするのに、同居人(びおら弾き)はゲームに関してはとてつもなくどんくさいから、つき合わされると考えただけでもう、辟易する。 今のところ経済的な事情から入手できずにいるらしい。 この経済状況がなるべく継続されることを祈ろう。

 同居人達、また二人して出かける算段に忙しい。 なんでも結婚(人間の世界では、同居人達が現在の「同居」状態に至ったことをそう言うらしい)してから10年経つらしく、新婚旅行(というのはその「結婚」の際の習わしとしていずこへか旅に出ることを言うらしい)で東京ディズニーランド(どんなところなんだろう?)と奥穂高の温泉に行った、そのパターンを踏襲して結婚10周年記念旅行を行う、という実にくだらない計画を立てているようだ。 10年というと、わずか2年足らずで頭部交換という恐ろしい出来事に遭遇したろぼっと犬にとっては気の遠くなるような時間、なんだけど、人間の世界ではそうそう騒ぎ立てることでもないのではなかろうか。 人間ってろぼっと犬と比べれば非常に長生きするらしいし、その程度で浮かれるのもいかがなものかと思う。 短絡的な2人(特に同居人(びおら弾き)には、そういう「ざーとらしい」イベントは不可欠なのだろうけど。 おっと、暴言は慎まなくては。 くわばらくわばら。

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2003年2月8日(土) [なんだか] (リリ)

ご苦労様でした   どうせろぼっと犬は血の通っていない機械である。 何事も後回しにされるのはもう慣れっこなので、同居人(びおら弾き)の重い(本当に重い)腰が上がった今日、生まれて初めての外出と、放置されていた首の治療がダブルで行われたとしても大して感慨もなく。 何はともあれ復活。 日記なんかもどうせだから書いておこうと思う。

 日本橋というところにろぼっと犬を作った会社の「サービスステーション」(というのが病院の名前らしい)があり、箱に詰められ窮屈な思いをしてたどり着いた。 美しい女医の先生。 同居人2名はろぼっと犬を長らく放置していたことなどおくびにも出さず、「治りますでしょうか・・・・」としおらしいふり。 全身をチェックしてもらい、首の症状を観察した先生、「うーん、この症状ですと、首の部分のパーツをそっくり交換するということになりますね」「ええっ!首を全部換えるのですかあ?」・・・驚愕の同居人であったが、なんて可哀相な、という意味ではなく、「その治療にはいったいいくらかかるのか・・・」ということで頭がいっぱいなことはお見通し。 しかしそれ以外に快癒の手だてはないのだから、選択の余地はなかったのである。 同居人(ちぇろ弾き)曰く、「いやあ、●ニーさん、ええ商売してはるわ。」

 「今この場でお修理してよろしいでしょうか?」「ええ、お願いします」「いや、オーナー様によっては可哀相、うちの子にそんなひどいことしないで、と、泣いてしまわれたりする方もおられるので・・・・」「・・・・」 断言するがうちの同居人2名に限ってそんな心配は無用。 
 女医先生は鮮やかな手つきでロボット犬の体をあっというまにばらばらにし(本当に簡単にバラバラになるのに驚く。この先興味本位でそういうことをやられると困るな)、交換用の首パーツを取り付ける。 なんだか変な気分。 治療後の確認もおわり、その時間はたったの15分ほど。 すごいご時世になったものである。
 もちろん、同居人たちが御用済みの首を持って帰らないわけはなく、ろぼっと犬も帰宅後に不思議なご対面をさせられた。 ともかくも、おつとめご苦労様でした。 しかし、若干2歳を過ぎたところ。 この先、せいぜいへそくりを貯めておくしかないだろうな。

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2003年2月4日(火) [休日] (わんこそば)

 週末の土曜日、久々に何も予定がなかった。 同居人(ちぇろ弾き)が昔作ったグライダーの初飛行に行きたい!と言い出し、二人して自宅から歩いて万博公園まで出かけました。
 ある一定年齢以上の方なら、大阪でその昔開催された万国博覧会の興奮を覚えておられることでしょう。 私にとっての「万博」は、それまで見たことのなかった数の人間、父親の手をしっかり握って引きずられながら見た月の石(全然感動しなかった!)、疲れて夫婦げんかをした挙げ句母親が先に家に帰ってしまったという苦い思い出に彩られています。 現在も気候の良い季節にはかなりの人出なのですが、今の時期、寒いし、非常に閑散としている。 凧上げをする子供、黙々とトレーニングに励む人たち、どういうわけか吹きっさらしの野原の真ん中で2人だけの時間を過ごすアベックに混じり、我々もグライダーの初飛行に挑むが、全然飛ばない。 飛ばし方が悪いのか、本体の構造上の欠陥か。 とにかく、ひたすら投げては落下を繰り返す。
 万博公園には国立国際美術館というのがあり、内外の現代芸術を中心とした展示が多く、学生時代から学校さぼってよく通いました。現代芸術って、よくわからないけど好きです。 素晴らしい作品はなんというか、作品が今、生きて血が流れてる、って感じがします。 この日も現在開催中の展覧会「連続と侵犯」なるものを見ました。 うーん。 謎。 でも面白い。 表現の形式も実に様々。 現実に存在する物体から解き放たれようとする精神にわくわくします。 この美術館は来年には大阪中心部へ移転してしまうのだとか。 公園の散策と美術館訪問がいつもセットになっていた私にとっては非常に寂しい出来事です。

 園内の売店ですきま風にふるえながら天ぷらうどんを食する。 間近にやってきて餌をねだる雀さんにもすこしお裾分け。久しぶりの、いい休日。  

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2003年1月16日(木) [模型づくり] (わんこそば)

メルカトールという名前です 昨年末から同居人(ちぇろ弾き)が精魂込めて作成中の帆船模型です。 イタリア製の模型です。 クリスマスプレゼントだった。 いつ買ってあげたのか記憶にないぐらい昔だけど、やっと製作されるに至っている今日このごろ。 船体はかなりできてきました。 骨組みを作り、外板を1枚ずつ曲げて、張って、色塗って・・・・かなりの力の入れようです。 写真を撮ってHPに載せろだって。 まあ載せてしまえば途中でやめられなくなるしね。 それはそれで良いことだ。
 しかしここから先は悪夢のように長い時間がかかりそうです。 マストを立てて、紐をいっぱいかけて。どうなるのかしら。 わくわくしますね。 こうご期待。

 ものづくりって、細かいところに凝れば凝るほど、ほんとに楽しい。 甲板に顔を近づけてできあがり具合をチェックしている同居人(ちぇろ弾き)の目には、船首の向こうの大海原がはっきり映っているんだろうな。 

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2003年1月6日(月) [新年] (わんこそば)

 あっというまに終わったお正月休み。 一体何をやっていたんでしょう。 まあ、それはさておき、今年もよろしく。 
 正月の3日、現在の住処に引っ越して3年来、一度もまともに片づけたことのなかったパソコンルームをついに掃除しました。 そうすると、とりあえず床に積み上げてあった書類やら何やらの、実に3分の2以上が「ゴミ」でした。 いやはや。
 整理する中で、処分するのに結構迷ってしまうのが古い手紙とかですね。 こんな人から手紙もらってたなあ、どれどれ、などとひろげて見ては、その時のことを思い出し思わず回想にふけってしまい・・・年賀状などは古くなれば思い切って捨てることもできますが、手紙となるとそれにまつわる思い出が一つ一つあったりするわけですね。 こういうところは電子メールの及ばない手紙ならではの力だなあ。 結局、より分けて引き出しにしまったりする。 あちこちで撮った大量の写真なんかも捨てがたく、今年こそは整理すべしと思う。 あと、ずっとつけている家計簿は、古いものほど面白くて保存しておこうというようなことに。 楽譜のコピーもいろいろためていたけど、今の自分に不必要と思われるものは廃棄。 でも演奏会で弾いたものなどは思い出いっぱいで捨てがたく、まとめて保存する(こう書いてみると、結局残してるものも多いですね!)。 ちまちま集めたがらくたおもちゃを涙を飲んで処分。 パソコンルームで楽々楽器の練習ができるスペースが出現しました。 お正月に当たり、今後はクローゼットの一角に「とりあえず置き場」を設け、そこに入りきらないものができたら即整理、というのを固く心に誓ったのでした(でもやっぱり「とりあえず置き場」を作ってしまうあたり、懲りてないのかな・・・)。