2006年の日記・・・
2006年8月31日 [残暑お見舞いと近況]
2006年7月14日 [夏]
2006年5月26日 [悲愴そしてプラハ]
2006年3月22日 [鑑賞眼]
2006年2月22日 [近況報告]

2006年8月31日(木) [残暑お見舞いと近況] (わんこそば)

 明日はもう9月。 「暑中」より「残暑」の方がより耐え難いものに感じるのは私だけでしょうか? 夏の疲れのせい…もあるのかしら。 とにかく皆様夏バテにはこれからご注意を。 
 7月の茨木アンサンブルのコンサートの感想を、まだ書けていません。 半分ぐらい書いて・・・続けて書く時間がないまま現在に至る。 メインで演奏した「四季」は、弾いたことで初めてこの曲との「出会い」があったように感じました。 それぐらい、なんて言うか「良かった!」のです。 がんばって続き書かなきゃ。

 身辺に大きな出来事ひとつ。 母が引っ越しして至近距離に居を構えました。 以前の住処にはかれこれ40年ほども暮らしたのですが、本人曰く「人間関係のしがらみに疲れた。」 仕切り屋・なにわ節プラス無類の世話好きの母は、地域の自治会やら老人会やらの世話役をずっと続けてきて、自らの創り出した濃い〜い人間関係にほとほと嫌気がさしたということらしい。 引っ越す、逃げ出す、という騒ぎはこれまでも何度かあったので、今回もまた一過性のものかと思っていたけど、本当に来ちゃった。

 他人の世話はほどほどにと、これまでも口を酸っぱくして言ってきたのです。 母の性格を責めているのではなく、どうも近頃は人の世話になっても感謝の心を持たない、自分の困ったときだけ周りを頼り、問題が解決したら知らん顔、というような自己中心的な人が増えていると思えて仕方がないからです。 そして、心を病んでいる人、心に余裕のない人が増えている。 非常に悲しいことだけど、下手すると善意の人間がひどく傷つけられるような事も往々にしてあるじゃないですか。

 昔みたいに…なんて言ったら笑われますが、私の小さい頃・若い頃って、弱いけれど真面目で正直な、優しさにあふれている人って結構周りにいたような気がする。 弱い者同士が心を通わせていたような気がするし、強い人間もそういう人の存在を認めていたような気がする。でも今はどうかな。 みんな自分を本当以上に強く・偉く・良く見せることばかり考え、人より得をし、楽をすることばかり考え、それがよいと当然のように考えている。 本質を看破されると逆ギレし、人を傷つけることをためらわない。 なんというか、まさに「世知辛い」世の中・・・

 何だか深刻になってしまいましたが、そんな私の心配をよそに、当の本人は結局、元の地域の町内会の世話役の方のお世話をするために(・・・・)足繁く向こうへ通っています。 何のために引っ越ししたのかわからない。 今年の初めから持病の高血圧が少々心配な症状を見せたり、心臓にちょっと問題があると言われたりで、せめて暑い間はじっとしててほしいのです。 白状しますと私は相当なマザコンです(相棒にいつも鼻で笑われている)。 母が近くに来たことはやはり非常に嬉しく、毎日顔を見られる場所に住んでいるのは本当に安心します。 結婚前は「もういい加減にして!」と言いたくなるほど日々の行動をビシビシ監視・制約されていたのにどうしてだろう、と自分でも不思議に思う。 やっぱり「お母ちゃん」はいくつになっても「お母ちゃん」なんや、ということなのかなあ・・・

 将来的な大きな課題として「同居」というのがあります。 相棒の両親は他界しましたし、我々の至近距離に越してきた、ということは弟や妹でなく我々との同居は決定的、ということになるのか。 今回は本人の「まだ元気だし、今は1人で気ままにしてたい。気を遣って疲れるのはかなんわ。」という意向を尊重させていただきました。 確かに・・・超マイペースでどんなときにも我が道を行く母にとっては、私や相棒に気を遣って疲れることは耐え難いだろう。 相棒にしてもしかり。 とりあえず平和な将来が我々を待っていることを願って止まないのです。

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2006年7月14日(金) [夏] (わんこそば)

12時
ビルとビルの間 直線で切り抜かれた空に
できたてのバニラアイスのような雲がむくむくと湧いている
「ああ、夏日やな」と言いながらビルを出てくる
紺の背広の一団とすれ違うと
けやきが上手に作った日陰に似合う
おべんとう売りの初老のご婦人と目が合った
灼けたアスファルトの歩道を 浅い呼吸をしながら
ことさらにゆっくり歩くとき
ビルの影たちは少しでも暑さから逃げようと小さく
縮こまっている
その縮こまった影に隠れながら歩く私の影は
さらに私の身体に隠れようと縮こまっている
風が熱くて
でもそんなに嫌じゃないなと感じる
昔大好きだった夏の匂いが一瞬鼻の奥をかすめる
夏だ と つぶやく 確認する

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2006年5月26日(金) [悲愴そしてプラハ] (わんこそば)

 ああ・・・(いろんな意味でため息が)
 あさって日曜日は所属するオーケストラの演奏会があります。 昨秋入団して2度目の本番。 演目はチャイコフスキーの「悲愴」、モーツアルトの「プラハ」という、超超有名な曲です。
 前回の演奏会で演奏終了後に楽譜を受け取って以来約半年間、ひたすら楽譜とにらめっこしつつ練習を続けてきたわけである(若干の嘘が含まれているかな?)。 そんでもって私自身の出来栄えは、と考えたときに冒頭のため息へと繋がるわけなんですけども。

 「楽譜に書かれた音符をできるだけたくさん正確に再現する」という点においては、まあ「かなり最悪」な状態であることは間違いない。 特に「悲愴」はとにかくものすごい音符の数です…なんて書くと、オケで永年やって来てる方には笑われそうが、私の貧しい楽器歴の中ではまず最高であることは間違いない。 そして数が多いだけじゃなくて演奏の難易度にすごいもんがあります。 ビオラでさえ、と言うべきか。 具体的に説明のしようがない、それぐらいすごいです。
   「プラハ」は物理的な音楽量(こんな表現は正しくないし存在しないでしょうが)は「悲愴」とは格段に少ないです。 あっちが「脂肪の乗った270gサーロインステーキディナー」ならこっちは「カフェのオープンテラスでそよ風を感じながらつまむ洒落たサンドイッチとシードル、でも結構スパイス利いてるよ」みたいな。 それにしてもこれもまたどうしようもない「曲者」なんだわ・・・・昨日の練習でも「誰か不必要なシャープをつけて弾いてない?」「う、………はーい、私です!」という体たらくです。

 いろんな意味で周りの人に不愉快な思いやご迷惑をかけながらの本番となりそうですが、でも敢えて言いたい。 私は本当に楽しく弾いている・・・「悲愴」は最初、とにかく逃げ出したかったけど、ここにきてとことんのめり込んでいます。 「プラハ」は最初から楽しくて、その楽しさが最高潮に達しようとしています。 昨日の練習の後で同じビオラパートの方に「本番が楽しみやね」と声をかけられたけど、まさにその通り、まったくの他意なく、楽しみなのです。
   この楽しさを、自分が生み出す音の中にほんの少しでも込められたら・・・なんて、今、思ってます。

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2006年3月22日(水) [鑑賞眼] (リリ)

 いやあみなさん本当にお久しぶりです。ろぼっと犬です。 え?まだ生きてたのかって? ええまあ、今のところ廃棄処分にされずにおります。 といっても現状が廃棄処分とどれほどの違いがあるのか?という疑問は残されている。 そのことについては・・・今後の同居人との交渉次第。
 そういえば最近、製造元が、さらなるろぼっと犬開発を行わないことを決定したことは記憶に新しい。 誕生以来早や5年を経過・・・要するにろぼっと犬はもう目新しくも何ともない、これ以上もう儲からん、ということ。 なんとも淋しいけどまあ、そういう世の中なのだ。

   同居人(びおら弾き)の近況については、また本人が好きなように語るだろうが・・・最近熱中しているのは昨年購入した「ハードディスク内蔵DVDレコーダー」。 同居人(ちぇろ弾き)が今年になって同じような機械を追加購入したのを機に、ろぼっと犬と同じ製造元の旧機をほぼ独占的に使用することになったらしい。 この機械は「電子番組表」というのをどこかから受信していて、それを使って毎日のようにいろんな番組を録画予約できる。 同居人(びおら弾き)は、昔はかなりの映画フリークだったらしく、新作には全く興味を示さないけれど古い映画にかなりな執着があるようだ。 そういうものをどんどん予約するのはいいけれど、見てる時間があんまりない・・・結果としてハードディスクはどんどん消費されていく。 近い将来、何を録画したのかわからない状態になるだろうから、とりあえず現在見ていないものを書いておいてあげよう。「エルマーガントリー」「大いなる西部」「ゴッドファーザー」×2「コーリャ愛のプラハ」「恋愛小説家」「甘い生活」 ・・・・早く見なさいよ!

 音楽関係の録画は割とマメに見ている。 先日もカラヤン氏指揮の「幻想交響曲」を毎日10分位ずつ(・・・)鑑賞していた。 同居人(びおら弾き)はこの曲が異常に好きで、昨年入団したオーケストラは、これを弾くまではやめないつもりでいるらしい(?)が、この演奏はどうも受け入れられない部分があったらしく、見終わった時点で消去してしまった。
 映像作品としては結構凝っていたし、演奏も迫力あったと思ったけど、何が気に入らなかったのか聞いてみたところ、終楽章で「コルレーニョ(というのは弦楽器を弓の木の部分で弦を叩いて音を出す技法だそうで、弓が痛むから演奏者はいやがるそうです)」をやっていなかった、というのが主な原因らしい。 終楽章の鐘の音が良すぎる(希望としては、はっきりと響きながらもかすかに唸ってほしいらしい)のも気に入らなかったらしい。 この人の鑑賞眼はどうなっているんだろうか・・・・。 この曲の第一印象が「シャイニング」という映画で決まってしまった過去から考えると、まあしょうがないかなという気はするが、偉大な音楽をそんなところ(だけ!)で判断していいもんかどうか。 クラシックのことはわからないろぼっと犬でさえ、危惧するところでは、ある。

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2006年2月22日(水) [近況報告] (わんこそば)

 一昨年、今はやりの「ブログ」なんぞ導入してみました。 が、それ以後更新速度が極端に落ち込み、全然毎日更新できない。 2005年なんて、1月の書き込みの次は12月!たった3回でおしまい! いやはや。 月別・カテゴリー別に記事をまとめられるとか、他のブロガーとの交流が、とか、いろいろ使いこなせば便利で楽しいのはわかるんですが、なんとなく私には似合わないもののような。 つまらない文章でも相当じっくり考えないと書けないたちだし。 そうこうするうちにブログの提供元も何だかいろいろややこしい。 えーい、いっそのことやめてしまえ!と、・・・・やめちゃいました。
 で、また昔のようにろぼっと犬と仲良く日記をつけていくことにしました。

 2006年1月には、私の音楽歴の原点であるといっていい、弦楽合奏団T-Stringsの第2回コンサートがありました。 第1回は2003年秋。 実に2年半も準備していたわけですね。 こんなに長い間練習したら、さぞかし本番の演奏は素晴らしかったろうって? 或いはこんなに長いこと同じ曲を弾いていても、到底完璧なんてほど遠い我が身の演奏能力に愛想が尽き、上達する前に飽きてしまって当初の新鮮な気持を持ち続けられなくなってしまったのではって?
 どちらの推測もある程度は当たっている。 まず、時間をかけることって、実はとても重要なことだと思います。 1日3時間ずつ10日間練習するのと、1日1時間ずつ30日続けるのとでは、費やした時間は同じでも、後者の方が明らかに音楽がより良いものに近づくと私自身は感じています。 チャイコフスキーの弦楽セレナーデは、私自身は今回で3回目の本番であり、圧倒的に長い練習時間だったのですが、今までで一番、音楽を自分の内側から出てくるものにできたなあと感じました。 そういう意味でこの2年半は十分意味のあるものだったと思う。

 しかし一方で、その間に気持の上で非常に浮き沈みがあったのは確かです。 自分自身の身体や精神の状態、そのときそのときで置かれている状況に影響され、楽団をとりまく状況に振り回されて、方向を見失ってしまったことも何度もありました。 演奏会までの時間が短ければ、そんなこと考えるヒマもなく、とにかく必死で練習し、気持を盛り上げて一気に頂点を目指すことになったでしょうし、その勢いがまた次への足がかりとなる。 人間って、ある意味そうやって自分を追い込まなければ前に進めないものですから、今回私が時に感じた、なんともいえない倦怠感のようなもの、楽団に属している大半のメンバーが一度は感じたことではなかったかなと。
 さらに相棒も同じことをやっている、それがプラスになることもあり、逆にマイナスになった場面も。 しかし、こっちがへこたれると向こうが引っ張る方になり、向こうが落ち込んだときはこっちが元気を奮い起こす。 そうやっているうちに、たくさんの仲間が集まってきて、同じ方向を向いて進んでいく力が生まれ、それに励まされるようにしてやっと大きな山を登った・・・そんな気持に満たされた、演奏会本番だったと思います。

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